- 2026/08/09 07:10 掲載
提案を断られても「終わり」ではない──元キーエンス営業が明かす“逆転”の一手(3/3)
次の一手は「似た提案」ではない──成否を分ける準備
この「ワンモア」を単なるアドリブ任せの博打にしないために、極めて重要な原則があります。それは、意図的にカテゴリーが異なる製品をぶつけていくことです。これを成功させるには営業パーソンの周到な準備が不可欠です。自社の幅広い製品知識を横断的にインプットし、顧客の事業内容や製造工程全体を俯瞰で理解し、「もしA案がダメならB案、B案がダメならC案を」という複数の仮説シナリオを事前に構築しておく。その上で、顧客の思考回路に良い意味でのバグを発生させるのです。
具体的な「揺さぶり」の例を、製造現場を舞台にした会話で見てみましょう。
工場長:「うーん、悪くない技術だとは思うんだが、今はまだ人の目で十分だし予算もね……」
営業:「左様でございますか。ありがとうございます。……ところで工場長、まったく別の話で恐縮なのですが、1点だけよろしいでしょうか? 先ほど拝見したラインで製品が振動により正しくセットできていないような場面があったように見受けられたのですが?」
工場長:「え? ああ。そうだね、どうしても隣の設備からの振動の影響を受けて、ごくまれに浮いてしまうことがあって……」
営業:「実は私ども、高さを高精度で測定できるレーザーセンサーも取り扱っていまして(実機デモを見せる)、このように0.01ミリ単位で正確に測定できるので、先ほどのように製品が振動により正しくセットできないケースを検知することができまして……」
工場長:「ほう、測定系のレーザーか。なるほどな。たしかに直近でトラブル報告を受けたことがあったんだよ……」
このように、まったく異なる角度から製品を提示することで顧客の思考のスコープを強制的に広げさせ、新たな課題発見の扉をこじ開けるのです。
断られ続けた先で生まれた「5機種目の奇跡」
私がキーエンスに在籍していた当時、このワンモアを愚直なまでに繰り返し、顧客の反応が薄くても、よく5製品くらいまで紹介していました。4機種目まで断られ続け、内心「もうこれで最後にしようか……」という弱気が頭をもたげることもあります。しかし、そこで諦めないのがキーエンス流です。すると不思議なことに、5機種目の製品を紹介したあたりでそれまで無表情だった顧客の表情がガラリと変わるのです。まるで雷に打たれたかのように「そうなんだよ!君が今見せてくれた、まさにこれで困っていたんだ!」と、膝を打つように身を乗り出してくる。それは、営業として最高の喜びを感じる瞬間です。私はこの現象を勝手に5機種目の奇跡と呼んでいました(笑)。
しかしこれは決して偶然の産物ではありません。人間の脳は、一度「これは○○の問題だ」と定義すると、その枠組みでしか物事を考えられなくなるメンタルセット(思考の固定化)に陥りがちです。ワンモアは、このメンタルセットを意図的に破壊し、認知的な柔軟性を取り戻させるプロセスなのです。
カテゴリーの違う提案は、脳にとって一種の「認知的不協和」を引き起こします。「印字の話なんて関係ない」と思いつつも、「なぜこの営業は、今その話をするんだ?」と考えざるを得なくなる。この小さな混乱が、思考の壁を壊す突破口になるのです。
最初のワンモアで上手くいくケースももちろんありますが、大半のケースではまだお客さまの頭は凝り固まっています。しかし、3回、4回と揺さぶりを浴びせ続けることで徐々に思考の壁に無数のヒビが入り始めます。そして、
「待てよ、検査工程の話だけじゃない。そういえば、あっちの梱包工程では……」といった形で顧客の課題認識が部門を超え、時間軸を超えて広がり、深まっていくのです。5機種目というのは、その思考の壁がガラガラと音を立てて崩壊する魔法の数字だったのかもしれません。
「うちの部署だけでなく、会社全体で考えれば……」
最後に顧客の心を動かすのは、泥くさい誠実さ
スマートに理路整然とプレゼンテーションを行い、断られたらあっさりと引き下がる。それは一見すると洗練された営業スタイルに見えるかもしれません。しかし、私はそれを「顧客と真剣に向き合うことから逃げた、自己満足の営業」だと断じます。
そしてこのワンモアがもたらすのは、単発の契約だけではありません。「この営業は目先の売上だけでなく、本当にうちの会社のことを考えてくれている」という、揺るぎない信頼関係の礎となります。
商談時間が許す限り、最後の1秒までジタバタし、成果に執着する。その姿勢こそがあなた自身を営業として成長させ、ライバルが決して見ることのできない景色を眺めることを可能にするのだと私は確信しています。
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