- 2026/11/09 06:10 掲載
ビール工場建設から「搬送ロボ」開発へ…ウクライナ企業に見る“変化できる会社”とは
1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長。現在、イトモス研究所所長。著書に『週刊誌がなくなる日』など。
迎撃弾が減るウクライナ、日本企業に突きつけられる「役割」
しかし、キーウ滞在は空襲警報が鳴り続き、ロシアの攻撃ドローンが絶えず上空をウロウロしていて、夜を寒い防空シェルターで過ごした。日を追うごとに、ウクライナ市民を守る盾が薄くなっていることが気にかかる。
米国から届くパトリオット迎撃弾が大きく減った。ゼレンスキー大統領の発言によれば月12発で、バイデン政権のころの1/4ほどにとどまるという。ロシアの弾道ミサイルを落とす弾が足りなければ、その分だけ市民が危険にさらされる。
試しに、現地の空襲警報アプリを、筆者もスマートフォンに入れてみた。現地時間の夜中や明け方にも、ミサイルや攻撃ドローンの接近を知らせる通知が次々に届く。これから訪ねる街の人々は、この通知と暮らしている。無事にたどり着けるのかどうか、見当もつかない。
筆者は戦場を専門とする記者ではないし、政治家でもない。普段追いかけているのは経済であり、企業だ。だから、戦時下で働く人たちを「勇敢だ」と持ち上げて済ませる記事は書きたくない。何をつくり、誰に売り、仕事のやり方をどう変えてきたのか。日本の経営者が持ち帰れる話を聞いてくるつもりだ。
手がかりは、10月20日の「日本・ウクライナテックフォーラムin神戸」で得た。会場で、ウクライナの技術企業に投資するMITS Capitalの担当者に話を聞いた。
担当者の話は、ウクライナの技術を日本に売り込むことにとどまらなかった。日本企業と一緒に開発したいという。話題は研究開発から部品の調達にまで広がった。ロシアも技術を磨いている以上、こちらも開発の手を緩められないというのが担当者の説明だった。
これまで頼ってきた中国製の部品が今後も手に入るかはわからない。だから日本からの調達を増やしたいという。部品が届かなければ、製品はつくれない。日本企業には、技術の買い手としてだけでなく、ものづくりを一緒に続ける相手としての役割が期待されているようだ。
5人で始めた「戦場ロボ」、2年で200人超になったワケ
筆者はこれを、日本企業への仕事の打診として聞いた。部品が要ると言われて手持ちのカタログを差し出すだけなら、話はそこで終わる。相手が何をつくり、どこで使い、何に困っているのかまで聞き出せば、自社が引き受けられる仕事の中身も変わってくる。遠い国への同情で片づけて良い話ではない。MITSの投資先を調べていくと、そのことを具体的に教えてくれる企業が見つかった。無人地上車両を手がけるTencoreだ。MITSは2025年7月、同社に374万ドルを投じたと発表している。
共同創業者のロマン・トカチェンコ氏は、2026年7月に公開されたインタビューで、かつては仲間と世界各地でビール工場や乳製品工場を建てていたと語っている。きっかけは2023年。前線に物資を運ぶのが難しくなったと知人から聞き、水や食料、医薬品を運ぶロボットの試作に取りかかった。
食品工場を建てていた人たちが、戦場を走るロボットをつくり始めたわけだ。Tencoreの設立は2024年2月。MITSの紹介では、5人で始めたチームが200人を超えるまでになった。古い会社の看板を掛け替えたのではなく、工場建設の現場で腕を磨いた人たちが新しく会社を興している。
初期の電子回路や電池はトカチェンコ氏が受け持ち、機械部分は別の共同創業者が担当した。自動車修理の現場から合流した人もいたそうだ。軍事の専門家を集めてから事業を始めたのではない。
日本企業が学ぶべき「発想の切り替え」
この転身は、日本企業が自らを変えるときの手本になると筆者は考えている。彼らは手持ちの技術を捨てなかった。工場づくりで培った経験を、別の顧客が抱える問題に振り向けただけだ。「自動車部品メーカーです」「食品機械の会社です」という自己紹介は、取引先に説明するときには便利だ。だが新しい仕事を考える場面でまで肩書きに縛られれば、可能性を自ら狭める。
たとえば、工場の機械を正確に動かす技術を持つ会社があったとしよう。その技術の使い道を今の取引先に限る理由はない。人が立ち入れない場所で機械を動かしたい顧客がいるかもしれない。「うちは自動車向けだから」と入り口で線を引けば、そうした顧客に会う前に話は終わってしまう。
業種ではなく、何ができる会社なのかで自社を見直してみる。ウクライナの企業からは、この発想の切り替えを学びたい。長年積み上げた経験は、新しい仕事を断る口実にもなれば、引き受ける土台にもなる。
技術が役に立つかどうかは、使う側が決める。Tencoreは軍の部隊と組み、現場の注文に合わせて製品に手を入れ続けている。
10月13日に発表されたカナダ企業との提携で、トカチェンコ氏は、戦場で求められるものは数週間単位で変わると話した。製造と現場の反応、設計の見直しを一続きの流れとして回し、それを「つくる、使う、学ぶ、変える、規模を広げる」と言い表している。
なぜ日本では「新事業」が潰れる? 裏にある「落とし穴」
この流れには、最初から顧客が組み込まれている。完成品を渡して終わりにせず、使った結果をすぐ次の設計に生かしている。日本の会社では、試作品を顧客に見せる前に、社内向けの説明資料ばかりが分厚くなっていく光景をよく見る。上司を納得させる理屈と、顧客がお金を払う理由は同じではない。社内で評判のよい機能でも、顧客が必要としなければ売れない。
もちろん、早く顧客に試してもらうことと、安全をおろそかにすることは違う。試す範囲を決め、安全を確保した上で実際に使ってもらい、要らない機能は削り、足りない部分を直していく。誰の役に立つのかを確かめないまま「完成」と呼ばない、ということだ。
新事業の評価の仕方にも同じ落とし穴がある。長く続いてきた事業と生まれたばかりの事業を並べ、同じ物差しで売上や利益を比べれば、実績のある側が勝つに決まっている。実績がないことを理由に芽を摘んでいけば、会社の将来は過去の延長線上から出られない。
困っている顧客はいるか。自社の技術でその困り事を解けるか。お金を払う相手はいるか。買う人と使う人が違うなら、両方に話を聞く。小さく試して手応えがあれば資金を積み増し、使われなければ直し、それでも売れなければ撤退する。新事業を甘やかす必要はないが、試しもせずに既存事業の数字で落とすのも筋が悪い。
ウクライナが狙う日本のセンサー、重機・物流にも商機
経済協力開発機構(OECD)の『対日経済審査2026』は、日本では人材や資金が生産性の低い企業にとどまりがちで、伸びる企業へ移りにくいと指摘している。日本経済をどう変えるかという問いも、自社の経験をどこで生かし、どの仕事に人と資金を回すかという判断の積み重ねだ。神戸では、軍事技術の民生転用についても尋ねた。カメラなどの技術が話題にのぼり、最後には改めて、日本の企業や投資家と関係を築きたいという話になった。製品を売って帰るだけでなく、日本と長く付き合っていきたいという思いが伝わってきた。
Tencoreが日本企業に提案しているのは、消防や救助、不整地での物流、危険な産業現場での作業への応用だ。日本の重機メーカーや物流大手との連携を望み、日本製センサーを組み込む案まで示している。
日本企業がウクライナと同じ製品をつくる必要はない。自社の技術を携えて、この相談の輪に加わればいい。今ある製品の売り先を探すだけでなく、相手の困り事から次の製品を考えたい。
ビール工場を建てていた男は、危険な場所に物を届けるためにロボットをつくり始めた。日本の経営者は、自社の技術を何に使うのか。「うちはそういう業種ではない」と言う前に、まず顧客の話を聞いてほしい。ウクライナでは技術の目新しさより、人と企業が次の仕事をどうやって見つけていくのかを、この目で確かめてきたいと思う。
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