今日も幸田はケーキを注文し、修平と向かい合って座った。
「いよいよ今回から値上げコンサルティングの核心部分に入ります。ただ、その前に聞いておきたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「率直に言って、『値上げコンサルティング』と聞いて、どう思われました?」
修平は一瞬沈黙し、答えた。
「そうですね、基本的にお客さんを喜ばせるには値下げをしなきゃ、という思いがあるので…。前回、値下げをすると儲かりにくくなる、ということは理屈としては確かにわかりました。でもお客さんとしてはできれば安いほうが助かるし、自分もできるならば安く提供したいですよね。あ、もちろん利益を考えて、ですけど」
幸田はゆっくりとうなずいた。
「なるほど。確かにそうです。高いよりは安いほうがいいですからね。私だって買い物をするときは同じです。以前、消費者の団体から『消費者になるべく安く提供するのが事業者の務めではないのか!高く売りつけようなんてけしからん!』なんて、お叱りを受けたこともありましたね」
幸田は微笑みながら、穏やかな口調で話し続けた。
「ただ、私は『自分で自分の首を絞める、安易な値下げをやめよう』『それよりも、高くてもお客さんに喜ばれるようなお店にしよう』という意味で、『値上げコンサルティング』と呼んでいるだけなんです。決して、粗悪品を騙して高く売りつけようとか、そういった意図ではないのです。大事なのは、高くても買ってもらえるよう、自らの価値を高めよう、ということなのです」
自らの価値を高める…修平はメモを取った。価値とは何だろうか。経営者として、おいしいケーキを手頃な値段で提供しよう、ということは前々から思っていた。それは価値とは違うのだろうか。美味しいケーキを一生懸命に作って安く提供する、というだけではダメなのだろうか。修平はゆっくりと口を開いた。
「あのう…それで、値下げはよくない、というのはよくわかりました。値上げが大事、というのもなんとなくわかります。それで、値上げできるくらいに価値を高める、というのは、この店を高級店にするということでしょうか。たとえば今、ショートケーキは380円なのですが、イチゴや小麦粉の品質を上げたり、トッピングの数を増やしたりして、580円に値上げするということですか?パティシエに相談すればそういったこともできるかもしれませんが、ウチは地元の人にこの値段で利用されてきましたし、それに、急に値上げなんてしたら親父が…」
幸田は修平を手で制した。
「なるほど。おっしゃることはわかります。今、この価格で地元の方に愛されているのだから、大きく値段を変えたくはない、ということですね」
「はい、あ、こんなことを先生に言うのも何ですが、いくら高級で味が良くなったからって、やっぱりお客さんにとって値段は大事ですし、私どもとしても気軽に買えるケーキを目指しているものですから」
幸田は修平のその発言をさも待っていたかのように、笑みを浮かべて答えた。
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