• 2025/06/29 掲載

「立て直し不可能」の工場がわずか2年で劇的進化、「トヨタの哲学」の秘密

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世界一の座を77年間も守り続けてきたゼネラルモーターズが、トヨタに王座を明け渡した。2022年のトヨタの成長率は9.2%、最大ライバルのフォルクスワーゲンとの販売台数差は前年の25万台から200万台近くまで拡大している。その成功を支えるのがトヨタの「哲学」だ。巨大企業の明暗を分けた「積み重ね」とは何か。『執行長日記 THE DIARY OF A CEO』を上梓した、起業家のスティーブン・バートレット氏が解説する。カギを握るのは、「些細なこと」に向き合う姿勢だ。
執筆:起業家 スティーブン・バートレット

起業家 スティーブン・バートレット

イギリスの起業家。40以上の会社に投資し、講演、執筆、コンテンツクリエーターとして活躍。ヨーロッパでランキング第1位のポッドキャスト『The Diary Of A CEO』のホストを務める。弱冠22歳で世界的なデジタルマーケティング会社〈Social Chain〉を設立し、5年後に株式上場。サンフランシスコのソフトウェア会社〈Thirdweb〉、革新的なマーケティング会社〈Flight Story〉を共同設立し、その業績が『フォーブス』『ビジネスインサイダー』『フィナンシャル・タイムズ』『ガーディアン』などに取り上げられる。スマートフォン向けアプリ「FT Edit」のゲスト編集者を務め、『フォーブス』の「30歳未満の特筆すべき30人」に選出。BBCの『Dragon’s Den』(イギリス版『¥マネーの虎』)に最年少で出演。国連、SXSW(世界最大級のビジネスカンファレンス)、TEDxLondon、VTEXデー(電商取引に関する国際イベント)でバラク・オバマとともに登壇。初めての著書『Happy Sexy Millionaire』に続いて、本書『THE DIARY OF A CEO』も発売直後にサンデー・タイムズ紙のベストセラーリスト第1位に輝き、世界累計でミリオンセラーとなる。

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トヨタの成功を支える「哲学」とは? 実例とともに解説する
(Photo:Boykov / Shutterstock.com)

急成長を遂げた世界的ブランドにも共通する「細部の哲学」

 2023年、アップルの年間ランキングによると、『CEOの日記』はイングランドで最もダウンロードされたポッドキャストとなった。また、アメリカのスポティファイでは、ビジネス・ポッドキャスト部門で1位を獲得。そして1月には、はじめてユーチューブで月間登録者数が32万人に達し、伝説のポッドキャスター、ジョー・ローガンの同月の記録を抜いた。

 我が社のポッドキャストは、この業界では比較的新しく、週1回のペースで動画版のポッドキャストの制作を始めたのは2年ほど前だ。成功の要因は、おそらく私がホストを務めているからではない。私の質問が特別優れているとか、編集が最高だとか、世界でも指折りの有名人をゲストに迎えているなどとも思わない。そうしたことが苦手だというわけではないが、得意な人はほかにいくらでもいる。

 成功の秘訣は、私たちがほかのどのチームよりも細部をおろそかにしないからだ。ほとんどの人が、時間のムダだと思って却下するような、取るに足らない無数の小さなことにこだわっている。

 いくつか例を挙げよう。

 来客がある場合、事前に好きな音楽を調べ、到着したときにBGMで静かに流す。特に話題にあがったことはないが、おそらく相手は気分がよくなり、心を開いてくれるはずだ。

 また、会話に最適な室温を調べ、暑すぎず、寒すぎない温度を保っている。

 ポッドキャストを一般公開する際には、数週間前からAIやSNSの広告を利用して各エピソードのタイトル、サムネイル、宣伝のA/Bテストを行う。

 専任のデータサイエンティストを雇い、ポッドキャストを複数の言語に翻訳するAIツールを開発した。それにより、たとえばフランスでポッドキャストのユーチューブ版をクリックすると、私とゲストの話していることが自動的にフランス語に翻訳される。また、あらゆるデータを活用して意思決定を助けるデータ駆動型モデルを構築し、招聘すべきゲスト、これまでで最も効果的だったトピック、会話の最適な長さ、さらにはポッドキャストのタイトルを何文字にすべきかといった情報を分析している。

 我々の成功は、何か1つのことに秀でていたからではなく、常に些細なことに重点を置いてきたからにほかならない。したがって、一見どうでもいいような改善点を探すことが我が社の信条となった。この「細部の哲学」は私が経営するすべての会社で実践しており、破壊的イノベーションを起こして急成長を遂げた世界的ブランドの共通点でもある。

毎年100万もの新しいアイデアを実践しているトヨタ

 ゼネラルモーターズ(GM)は77年間、浮き沈みはあったものの、世界一の年間自動車販売台数で業界をリードしてきた。しかし最近になって、車の製造、企業経営、文化に対して独自のアプローチを行うトヨタにその座を奪われた。

 トヨタは2022年も引き続き世界首位の売上高をキープしている。前年比9.2%の成長によって、最大のライバルであるフォルクスワーゲンとの販売台数の差は、前年の25万台から200万台近くまで拡大した。

 その成功を支えているのが「トヨタ生産方式」だ。もともとは、第2次世界大戦後に日本が復興を遂げる過程で、資金や設備の不足に直面した時代に生み出されたシステムで、こうした問題に対応するために、トヨタの技術者だった大野耐一が各部品、機械、従業員から「最大限の潜在能力を引き出す」という考えを体系化した。

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「トヨタ生産方式」は、第2次世界大戦後に日本が復興を遂げる過程で誕生した
(Photo:PixHound / Shutterstock.com)

 トヨタの哲学の秘密は、日本語で「悪いところを改めてよくすること」を意味する「カイゼン」の原則にある。カイゼンでは、イノベーションは漸進的なプロセスであると考えられている。つまり、大きな飛躍を遂げるのではなく、毎日、できるかぎりの範囲で、小さなことを少しずつ良い状態にしていくのだ。

 カイゼンの哲学では、少数の上層部だけがイノベーションに対して責任を持つという考えを強く否定する。イノベーションはあらゆるレベルの全従業員にとって日常的なタスクおよび関心事でなければならない。

 カイゼンの哲学のもと、トヨタは毎年、100万もの新しいアイデアを実践しているという。そのほとんどは工場の現場労働者からの提案だ。

 意外にも、トヨタのアメリカ工場では日本と比べて労働者からの提案が1/100ほどに留まっているそうだ。

 提案の多くは、「従業員の水分補給のための水筒のサイズを大きくする」「工具を取りやすいように棚を低くする」「事故を減らすために安全警告の文字を一回り大きくする」といった些細なものだ。

 たいした提案ではないように思うかもしれない。だがカイゼンの哲学では、こうした小さな改善点こそがビジネスを累積的に推し進め、細かいことにはこだわらないライバル会社に競り勝つ力になるとされる。

 そのためには標準を定め、全員がそのレベルに達したら、さらに基準を上げるよう求める必要がある。このプロセスを永遠に繰り返すのだ。

【次ページ】GMが工場閉鎖・全従業員を解雇…そこにトヨタは目をつけた
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