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  • 2014/12/11 掲載

ノーベル経済学者クルーグマン氏が語る、政策のイノベーションと中国経済のリスク

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2014年11月18日、安倍首相は2015年10月から予定されていた消費税増税を1年半延期し、2017年4月に実施することを決断した。その決め手になったとされるのが、ノーベル経済学賞受賞者で、プリンストン大学 教授のポール・クルーグマン氏の助言だ。クルーグマン氏は「政策にもイノベーションが必要だ」と指摘するとともに、アベノミクスの成否についての見通しを示した。

ジャパニフィケーション(日本化)に陥る世界経済

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プリンストン大学 教授 ポール・クルーグマン氏
 欧米や日本のエコノミストにとって現在の日本がどう見えているのだろうか。過去を振り返ると、1980年代の日本は絶好調で、ハイテク分野で世界のリーダーとして台頭してきた時代だった。日立イノベーションフォーラム2014に登壇したクルーグマン氏は日本を次のように評する。

「現在でも日本は、ハイテクでパワフルで洗練された国だし、日本には非常に素晴らしい特徴がある。ただ、日本には脆弱性があることを意識すべきだろう」

 ここでいう脆弱性とは、1980年代のバブルによって生まれたバブル崩壊や金融危機ではなく、その後の失われた20年の景気の低迷のことを指す。「こうした危機からはまだ脱却できていない」とクルーグマン氏は指摘する。

 90年代当時、スウェーデン出身のエコノミストであるラルス・スヴェンソン氏や後に米連邦準備理事会(FRB)の議長になるベン・バーナンキ氏、そしてクルーグマン氏自身も、日本の政策に問題があると指摘していた。クルーグマン氏は「その指摘そのものが間違っていたわけではなかったが、今、世界経済は当時の日本のような状況になっている」という。

「むしろ、日本はそんなに間違っていなかった。依然として高度な労働人口があり、決して完璧な国ではないが、依然としてリーダーの1人だ。今の世界経済は、当時の日本のような状況に陥っている」

 こうした状況をクルーグマン氏は「ジャパニフィケーション(Japanification、日本化)」と呼んでいる。公共サイドの負債が増え、物価が毎年のように下がるこの現象は米国でもユーロ圏でも起きているという。

「なぜこれが悪いのかといえば、経済の低迷した状態が続くからだ。物価が下がると(お金の価値は上がり)負債の価値が上がる。負債による問題を悪化させるわけで、脱却するのが困難になる」

 また、世界経済を俯瞰すると、「新興市場がそれほど強いものではないとわかってきた」という。一時、急速に成長し、世界成長のエンジンと考えられていたが、現在、新興国における成長はそれほど期待できるものではなくなってきた。

「経済全体は閉鎖されたシステムだ。あなたの支出は私の収入になり、私の支出はあなたの収入になる。しかし、みんなが支出が減らすと、両者の収入も下がり、スランプに陥り、場合によっては不況になる。負債を返済しようとしても、収入も少なくなることで、負債は収入に対して相対的に膨れ上がる。現在、そういうことが起こっている。デレバレッジング(債務圧縮)はまったく成功していない」

 繰り返しになるが、日本が経済的な困難に陥った1990年代、日本の政策に対して厳しい意見が多く見られた。クルーグマン氏も含めて、欧米諸国の多くの国は日本の経済政策に対して批判的で、日本の政策の不十分さを批判してきた。

「デフレに対する政策は、きわめて不十分だったと今も思う。日銀は諦めてしまい、デフレを阻止しようとしなかった。日本の財政政策は不十分なものだった。また、日本は1990年代に公共投資を大々的に進めようとしたが、1996年以降は規模が大きく縮小した。経済はまだ支えを必要としていたにもかかわらずだ。さらに1997年には消費増税を引き上げたが、これも重大な間違いだった。これはストップゴー政策(景気拡張姿勢と景気抑制姿勢を交互に繰り替えす政策)であり、後から振り返れば間違いだとわかることだった」

 その結果、日本の経済は低迷した状態が続き、デフレが定着した。しかし、その後、欧米諸国でも同じような状況に陥っている。

「ベン・バーナンキは、教授としては日銀を批判し、必要な措置を取っていなかったと批判していたが、FRB議長になってから十分な努力をすることができなかった。すなわち我々は、日本の財政政策に批判的だったにもかかわらず、米国でも不十分な財政政策をとるどころか、公共投資を引き下げて、日本と同様に間違った方向に進んでしまった。ヨーロッパはさらに間違えて、金利を上げた」

 もちろん、その後、金利を下げるわけだが、目立って悪政となったのがスウェーデンだった。日本を批判したと先ほど紹介したラルス・スヴェンソン氏は、後にスウェーデンの副総裁になった人物だ。利上げをすべきではないのに利上げをして、スウェーデンはデフレに陥っていった。本当に日本と同じよう状況に陥っていったのである。

「日本はうまく舵取りできなかったが、欧米ではもっと悪い舵取りをした。我々は、当時の日本の政策決定者に対してお詫びをしなければならない。日本の中央銀行の当局者は、いい仕事はしなかったかもしれないが、我々はもっとまずい仕事をしてしまったと私は反省している」

セキュラースタグネーション=経済は停滞を望む

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 クルーグマン氏はさらに、政策の過ちだけでなく、違うことをやるべきだったと指摘する。ラリー・サマーズ氏の言葉を借りて言えば「セキュラースタグネーション(Secular Stagnation)」があるからだ。

「この言葉を長期停滞と訳していいかは不安だが、英語でもどういう表現をすればよいのかわからない。これは『経済が実は、停滞を望む』ということを意味する。経済は長いこと停滞したがる。1990年代はそういうことではなかった。当時は、完全雇用をほぼ達成できていた。インフレも妥当な数字にあった。しかし、それは過去のことであり、将来は違う」

 日本は数十年にわたって実質ゼロ金利が続き、欧米では2008年から起きてきた。米国の短期金利(FFレート)の推移をみれば、インフレ調整済みのレートが何を示しているのかがわかる。レーガンが大統領だった1980年代は平均金利は非常に高かった。それでも、経済はインフレが起きていた。そこでは、利下げをできる余裕があった。

「今、アメリカは繁栄の十年に入っているが、これは低金利に支えられている」

 2000年に入るとそれなりに成長したが、超低金利の時代に入っていった。住宅バブル(サブプライム)の問題がなければ、完全雇用も実現可能だったかもしれないが、そのバブルははじけた。その後、雇用は戻っていない。

「このことは、我々に何を伝えているのだろうか?それは、経済には下落圧力の力が働いているということだ。政策の間違いではなく、もっと大きな力が働いている」

 クルーグマン氏は「日本の問題は非常に有益な教訓だった」と評価しつつも、1つ重要なファクターがあると指摘する。それが人口動態の変化だ。

 日本は出生率が非常に低くなっており、労働力者人口が着実に減少している。「これは非常に大きなマイナスのファクター。労働者が少なくなると、投資をする理由そのものが少なくなってくる」。

 実はそれは世界も同じで、特に劇的に同様の現象がみられるのが欧州だ。欧州の多くは、出生率が日本と変わらなくなってきている。ユーロ圏の就労人口をみた場合、人口動態的には2009年頃から減少しており、12年前の日本の状況に酷似しているという。

 一方、米国は、人口動態的に良い状況にあり、出生率は非常に高い。また、移民が多いという特徴がある。文化的な理由から日本ではなかなか移民を受け入れられていないが、米国ではオープンだ。

「にもかかわらず、米国でも就労人口は下がっている。以前は1%増えていたのが、今は0.4%程度に働ける人が減っている。つまり、経済に関するイノベーションのピッチが鈍化しているということだ」

【次ページ】これから数年、中国は世界経済にとってのリスクだ
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