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  • 2013/12/12 掲載

リバース・イノベーションとは何か?ゴビンダラジャン教授が語る、世界で勝つ新方程式

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これまで欧米の多国籍企業は、先進国で開発した製品を発展途上国などに提供するというグローバル戦略を採ってきた。しかし世界には現在、160もの貧困国があり、その貧しさゆえに欧米企業のビジネス対象にさえならないコンシューマが60億人も存在する。こうした人たちが直面する問題を解決できる製品を開発することができれば、そこには素晴らしいビジネスチャンスがあるのではないか。これを実現するためのコンセプトが「リバース・イノベーション」だ。その詳細と実際の事例について、イノベーションの世界的な権威で、リバース・イノベーションの提唱者でもある、ダートマス大学 タック・スクール・オブ・ビジネス 教授のビジャイ・ゴビンダラジャン氏が語った(2017年12月20日一部更新)。

執筆:レッドオウル 西山 毅、構成:編集部 松尾慎司

執筆:レッドオウル 西山 毅、構成:編集部 松尾慎司

レッド オウル
編集&ライティング
1964年兵庫県生まれ。1989年早稲田大学理工学部卒業。89年4月、リクルートに入社。『月刊パッケージソフト』誌の広告制作ディレクター、FAX一斉同報サービス『FNX』の制作ディレクターを経て、94年7月、株式会社タスク・システムプロモーションに入社。広告制作ディレクター、Webコンテンツの企画・編集および原稿執筆などを担当。02年9月、株式会社ナッツコミュニケーションに入社、04年6月に取締役となり、主にWebコンテンツの企画・編集および原稿執筆を担当、企業広報誌や事例パンフレット等の制作ディレクションにも携わる。08年9月、個人事業主として独立(屋号:レッドオウル)、経営&IT分野を中心としたコンテンツの企画・編集・原稿執筆活動を開始し、現在に至る。
ブログ:http://ameblo.jp/westcrown/
Twitter:http://twitter.com/redowlnishiyama


リバース・イノベーションとは何か

photo
ダートマス大学
タック・スクール・オブ・ビジネス
教授
ビジャイ・ゴビンダラジャン 氏
 これまで多国籍企業は米国のような裕福な国においてイノベーションを起こし、その成果を新興国や発展途上国に対して販売してきた。

 しかしゴビンダラジャン氏が提唱する「リバース・イノベーション」はまったく逆で、貧困国で起こしたイノベーションを富裕国に販売する。日立イノベーションフォーラム2013に登壇したゴビンダラジャン氏は次のように語る。

「リバース・イノベーションは非常に大きな機会をすべての企業に提供するものだ。医療も教育もエネルギーも、あるいは消費者向けの製品も変革してしまう」

 ちなみにここでいう貧困国とは、世界銀行が国民一人当たりの平均GDPで分類した定義によるもので、それに従えば、現在世界には160か国の貧困国があるという。

 それではなぜ裕福な人たちが、貧しい人たちのプロダクトに関心を持つのか。ここでゴビンダラジャン氏は、リバース・イノベーションの例をいくつか提示した。

 たとえば米国における医療費は非常に高額だ。しかも決して最高の品質が得られるわけではなく、また誰もが平等にサービスを受けられる“ユニバーサルアクセス”が保障されているわけでもない。結果、現在医療を受けられない人が6000万人もいる。

「この時、貧困国でイノベーションが起こり、誰もが受けられる医療が、超低コストで、しかも世界レベルの品質で実現されたとすれば、裕福な人でも関心を持つはずだ」

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 かつて米GE社は、心臓発作の診断をするための心電図マシンを2万ドルで製造していた。GEはこのマシンをインドにも販売していたが、それは人口の上位10%の富裕層を対象にしたものだ。このマシンを使った1回のスキャンには200ドルもかかる。

 しかしこれでは農村地帯に住む残りの90%の人たちは、この機械を使うことができない。彼らは1日に2ドル以下しか稼ぐことができないからだ。

「90%の人たちは、1回スキャンしてもらうだけで100日間も働かなければならない。また仮にそのスキャンを受けたとしても、それはさらにテストを受けるかどうかを判断するためだけのもので、彼らは金銭的にもうこのマシンを使うことができない。以降は胸の痛みを我慢しようと考える」

 たとえ200ドルを払う用意があったとしても、農村地帯にはそもそも病院がない。診療のためにはマシンを持ち運ぶ必要があるが、この機械は重量が500ポンド(約277Kg)もある。リュックサックに入れて持ち運ぶわけにはいかない。バスに積んで運んだとしても、電力供給の問題が残る。インドの農村地帯には電力が無い、あるいは電力に信頼性が無いからだ。

 さらに問題となるのは、このマシンは極めて高度で、500ページのユーザーマニュアル付きで提供される。熟練した医師のみしか操作することができない。農村地帯にはそうした訓練を受けた医師はいない。

「つまりこの心電図マシンはインドの90%の人たちにとってはまったく役に立たないもの。そこでブレイクスルーイノベーションが発揮できれば、価値が生まれる」

 そこで2008年、ゴビンダラジャン氏はチーフイノベーションコンサルタントとしてGEに赴き、500ドルの心電図マシンを開発することになった。

「そんなマシンを作ることができれば、1回のスキャンが10セントで済む。たとえ1日2ドルしか稼いでいない人でも、複数回のスキャンを受けることが可能だ」

 完成したマシンは電池で駆動し、1回の充電で750回のスキャンを実行することができる。また極めて軽量化が図られ、リュックサックに入れて患者の間を回ることができる。操作も非常に簡単で、2つのボタンしかない。

「GEはこのプロダクトによって、それまで顧客ではなかったインドの90%の人たちを新しい顧客に変えてしまった。そしてこのマシンは今、米国を含む世界90か国で売られている。これがリバース・イノベーションの好例だ」

リバース・イノベーションの事例、コストを1/50にした方法とは

 次に心臓手術を米国の病院で受けた場合、15万ドルのコストがかかるという。これをインドのバンガロールにあるN.H.Hospitalという心臓病の病院では、3000ドルで行っている。実に50分の1だ。

「だからといって品質も50分の1ということではない。手術後30日の患者の死亡率を見てみると、米国が2%なのに対してこの病院では1.2%。インドのほうがいいことが分かる」

 さらにこの病院で行う手術には、米国以上に高いスキルが必要になってくる。それというのも、インドの人は遺伝子的に心臓が弱いと言いわれており、それだけ手術後の死亡率は他国に比べて高くなることになる。またインドでは公害が非常に深刻な問題で、衛生状況も良好ではない。こうした側面からも死亡率は高くなる傾向にある。

「しかしこの病院はそうではない。またこの病院ではこの10年間、一人の患者も拒むことなく、手術を行ってきたという実績がある。100%のユニバーサルアクセスを提供しているということだ」

 さらに驚くべきことは、お金がない人は無料で手術を受けることができるという。実際に患者の3分の1はお金を払っていない。払っているのは3分の2の人たちで、しかもそのコストは米国の50分の1、病院が使っている機器も最高レベルのものだ。それにも関わらず、この病院は粗利率15%という大きな利益を上げている。米国の心臓関係の病院に比べても高い数字だ。

「開業から10年以内に、この病院は心臓関係では世界最大規模になった。毎日バンガロールには2500名の外来患者が訪れる。しかもその料金は一般的なインドの人たちに手が届く金額に設定されている」

 それではN.H.Hospitalは、どのようにしてこうしたサービスを実現しているのか。

「自動車を大量生産した場合、1台当たりの製造コストを大きく下げることができる。これと同様に、この病院では“医療の大量生産”を行うことで、一人当たりの手術費を下げることに成功した。100年前の製造業の原則を工業分野から医療分野に応用したのだ。心臓外科手術を1つの組み立てラインで再現しているといえる」

 トヨタの組み立てラインから生み出された車の品質について文句をいう人はいない。医療についても実際には大量生産によって品質は向上する。

 心臓外科手術は均一に行われる手術ではなく、さまざまな種類の心臓に対する手術を行わなければならない。たとえば10種類の手術があったとすれば、この病院ではそのうちの1つに特化することを医師に求めることができる。そうすれば全体の質も高くなる。

「低コスト、高品質、ユニバーサルアクセスを考えた時、このモデルに不満な点はないはず。このようにリバース・イノベーションはすべての業界を変えることができる」

【次ページ】リバース・イノベーションの本質

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