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  • 2016/04/10 掲載

中町信孝氏インタビュー:音楽を通して見えてくる「アラブの春」の成果とは?

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中町信孝『「アラブの春」と音楽』(DU BOOKS)は、著者が長年にわたって定点観測を続けてきたアラブ世界のポピュラー音楽を通して、ムバラク大統領の独裁政権を打倒した2011年のエジプト革命を含む「アラブの春」を読み解いたものだ。あの革命から5年が経過したいまだからこそ見えてくる、「アラブの春」が残したものとは何か?

アイドル、ロック、ヒップホップ──多彩なアラブのポップス

──中町さんは、歴史研究がご専門ですが、なぜアラブのポピュラー音楽の本を書いたのでしょうか?

中町氏:おっしゃる通り、僕の専門は中世アラブの文化史、つまり古い歴史です。2000年から2002年にかけてエジプトのカイロに留学していたのですが、現地で生活しているあいだはなるべく現代の文化に触れようと決めていたんです。そこで同時代のポップスに注目し、ついでに歌詞を通じてアラビア語の勉強もしようと思いました。当時、自分のホームページを作ってヒット曲や面白いビデオクリップを日本語で発信していました。

──それは楽しそうですね。

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『「アラブの春」と音楽』
中町氏:実際楽しくて、留学が終わってからも定点観測は続けました。そうすると、いわゆるメッセージソングのあり方がムバラク政権末期から2011年のエジプト革命にかけて大きく変化していることがわかってきたんです。これは実に興味深い動きだと思い、その変遷を1冊の本にまとめた次第です。

──一般に「アラブの音楽」というと、「アラビアン・ナイト」的な、どこかエキゾチックなものを何となく思い浮かべる方が多いのではないですか?

中町氏:そうですね。宗教的な趣きが強い音楽というイメージがあるのでしょう。また、特にワールドミュージックを聴くような人は、ベリーダンスの音楽のような古典ないし民族的なアラブの音楽をイメージされるかもしれません。

──でも、本書を読み、かつ中町さんが本書の内容に沿って編集なさったYouTubeのプレイリストを聴くと、そうしたステレオタイプなイメージに縛られない、実に多彩な音楽の存在がわかります。具体的には、アイドルも活躍していれば、ロックやヒップホップなど幅広い楽曲もある。

中町氏:ただ、僕がこの本で紹介しているような現代アラブのポップスは、オーセンティックなアラブ音楽が好きな層からは、あまり好まれないんですよ。中途半端に西洋化された、つまらない音楽として認識されがちです。

──そういう人たちは、“アラブっぽい”音楽が聴きたいのであって、アメリカナイズされた音楽には用はないのかもしれませんね。

中町氏:でも、そういう日本ではあまり知られていない音楽を僕のような物好きが取り上げることに意味があるかもしれないと考えています。特にこの本では、なるべくアラビア語の歌詞を日本語に訳して紹介するという点に重きを置きました。歌詞が意味する歴史的・社会的な背景を説明できれば、一般的なアラブ音楽ファンが軽視している類のポップスでも、興味を持って聴く人はいるはずです。

愛国ソングから、革命を擁護するプロテストソングへ

──おっしゃる通り、本書は時代背景がしっかり説明されていますね。たとえば、90年代末以降、反イスラエルを掲げる「アラブ主義」的メッセージソングが流行し(1998年にイスラエルが建国50周年=パレスチナ人にとっては故郷を奪われた「大災厄(ナクバ)」から50年を迎えたことに起因する)、それが2003年のアメリカによるイラク侵攻、および2007年のイスラエルによるレバノン侵攻などを経て「愛国」ソングとしてアップデートされていくといった、政治とポップスの関わりが手際よく整理されています。

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中町信孝氏
中町氏:愛国ソングというのは、いわば政府のプロパガンダなわけですが、それが一転して、2010~12年の「アラブの春」では、革命を擁護するプロテストソングを生み出す下地となる。そのように現地で歌われたポップスと、それを生んだ社会との関わりを知ることで、アラブの国々やアラブの人々に対する見方も変わるのではないかと。

──と同時に、アラブの音楽それ自体に対しても、何をもって“アラブっぽい”音楽とみなすのか、みたいな価値観に揺さぶりをかける本になっていると感じました。その意味では、純粋に音楽ガイドとして読んでも楽しめます。

中町氏:そう言っていただけると嬉しいです。

──個人的には、パレスチナのヒップホップグループ、DAMをはじめとするヒップホップ音楽に惹かれました。トラックはほとんどアメリカのそれなのですが、アラビア語のリリックが乗っているせいか独特の響きがあり、何より単純にかっこいいです。

中町氏:アラビア語には特殊な子音が多いんですよね。発音の難しい音素があって、それがラップと相性がいいというか、うまく韻も踏めて、ハマるんですよ。

──そして中町さんが訳された彼らの歌詞も、過激であり、切実ですよね。エジプトに先駆けて「ジャスミン革命」が起こったチュニジアのラッパー、エル・ジェネラル(El General)は、「大統領よ、お前の民は死んでいる たくさんの人がゴミを食ってる」と、国のトップを罵倒しています。そのような傾向は、本書で中心的に扱われているエジプトのロックバンド、カイロキー(Cairokee)などにしても同様で。

中町氏:彼らのような新しいミュージシャンが革命派の若者たちを鼓舞したのは間違いありません。もともと、アラブ圏においてヒップホップやロックのアーティストたちは2000年前後に活動を始めているのですが、当時はまだアンダーグラウンドな存在で、自作曲を勝手にYouTubeにアップして、一部の人にのみ聴かれていたのです。

日本でも「アラブの春」的運動は起きるのか?

──それが、「アラブの春」をきっかけに表に出てきたわけですね。いま「YouTubeにアップ」とおっしゃいましたが、そこではインターネットも大きな役割を果たしたと見ていいですか?

中町氏:政治運動としての「アラブの春」は、そもそもはFacebookのグループでしたし、一連の民主化運動の発端となった事件(2010年12月、チュニジアで26歳の若者が政府に抗議するために焼身自殺を図った)も、ネット動画によって広く知られました。それとパラレルに、音楽においても新しいジャンルの楽曲がネット上で拡散され、それまでテレビやラジオからはアクセスできなかった音楽に、多くの若者たちが触れることができるようになった。そうした音楽は、若者たちの声を代弁するものでもあったんです。

──いわゆるインディーズのアーティストが時流に乗った、というといやらしい言い方かもしれませんが、彼らのメッセージに需要が生まれていた。

中町氏:地上波のテレビで歌うようなメジャー歌手たちは、政権側のプロパガンダに使われるような立場の人しかいませんでした。彼らは大手プロダクションや音楽家組合に所属していて、独裁政権下で政府批判が許されなかった。そうしたなかで、しがらみのないインディーズのアーティストたちがプロテストの担い手になり得たということですね。

──単純に比較はできないと思いますが、日本でもSEALDsなどの反政府デモとヒップホップ文化との関わりが指摘されることもあります。こうした社会運動に「アラブの春」的なものを感じますか?

中町氏:ああいったデモについては、肯定的に見ています。ただ、そのなかから、たとえばカイロキーのような、若者から圧倒的な支持を受けるグループが出てくるかというと……。

──ちょっと出てこなさそうですね。日本でも、インディーズのパンクやハードコアのライブに行くと反原発や反戦を掲げるバンドが出ていますし、自主制作でレコードもリリースしていますが、彼らのYouTube動画がものすごいPVを叩き出しているかというと、そうはなっていないです。

中町氏:ヒップホップやレゲエの人たちもかなり政府批判をしていましたよね。僕が大学で受け持っているゼミで、ある学生がゼミ発表のときに日本のレゲエミュージシャンの反原発ソングをかけていました。ただ、彼の音楽趣味というのはほかの誰とも共有されていなくて、やっぱり浮くんですよ。みんなEXILEやAKBグループを聴いているわけですから。

若者をからめとる、見えないプロパガンダ

──日本では、アーティストは政治的に中立であることが暗に求められていますからね。最近でいえば、スチャダラパーがSEALDsのデモに参加したことが賛否両論を巻き起こしたように。

中町氏:露骨なプロテストは慎まれるというか、メッセージソングにしても「絆」や「感謝」を前面に押し出すようなタイプが多い印象です。それらは、尖った内容にはなりにくいですよね。

──どちらかというと、感動を呼び起こすタイプ。

中町氏:この本でも触れましたが、革命で犠牲になった人々への追悼ソングというのは、政治的立場いかんに関わらず、大衆にウケたんですよね。それが、エジプトでは革命前は体制側、つまりムバラク支持に回ったメジャー歌手たちの「みそぎ」ソングとしても機能しましたし、事実、彼らの人気というのは「アラブの春」以前と以後でさほど変わっていません。

──その点にも驚きました。外からあの革命の勢いを見ていると、「御用歌手」や「体制に味方する音楽家」のレッテルを貼られて、大々的な不買運動でも起きそうなものですが。

中町氏:そのようにして革命にはやる若者たちをなだめつつ、革命後に新たに発足した軍事政権を支持させるための愛「軍」ソングも登場しています。その意味では、よりマイルドなプロパガンダの手法を政府が学んでいると見ることもできます。大学の授業でこういう話をすると、「日本では音楽が政治利用されなくてよかったです。日本は平和ですね」と学生は言ったりします。でも、それはちょっと鈍感すぎるかなという気もします。エジプトの愛国ソングのようなわかりやすい形でないにせよ、たとえば3.11後に掲げられた「絆」という言葉は連帯を生むかもしれませんが、他方で差し迫った問題に対処する意思をうやむやにしてしまいかねない。

──聞こえのよい言葉によって、大事なことが隠されてしまう。

中町氏:別に政府が先導しなくとも、いわゆる「空気を読む」ような気質によって、より巧みな形でプロパガンダ的な行為がJポップシーンで行われたとき、若い人はそれに気づかないままでいるんじゃないかなと、危惧するところではあります。

──エジプトでは、革命から5年が経ち、現在は反動のターンという感じなのでしょうか?

中町氏:そうですね。体制側のメジャー歌手の人気が革命後も落ちなかったという話をしましたが、それはエジプト国民の中に革命を快く思わない、もしくは革命に無関心な多数派(サイレントマジョリティ)がいたことも大きいんです。結果、革命継続を訴える若者たちを排除する動きも出てくる。そのことが、カイロキーの「俺はヤツらとは違う」という曲によく表れています。要は、革命後に社会から孤立してしまった「俺」=革命派の若者たちと、「ヤツら」=体制側に絡め取られたサイレントマジョリティとの埋めがたい溝が浮き彫りになってしまった。

【次ページ】 「アラブの春」は本当に失敗だったのか?

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