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  • 2019/11/16

「テレビを見たいから会社を辞めます」は非常識か? “退職代行”弁護士が解説

労働者は法律上、原則として自由に会社を辞めることができる。しかし人手不足が加速する中、退職の意向を伝えても引き止められ、辞めさせてもらえないというトラブルも数多く発生している。そんなときの最後の手段が、業者が退職の手助けをしてくれる「退職代行」だ。この退職代行サービスを2018年に開始し、著書『退職代行』を上梓した弁護士の小澤亜季子氏のもとには、すでに400件以上の相談が寄せられている。以前は「深夜残業も休日出勤も苦にならない、仕事が趣味のワーカホリック」だったという小澤氏は、なぜ退職代行サービスを始めるに至ったのか。自身が考える仕事論、幸福論について語ってもらった。

弁護士・社会保険労務士 小澤亜季子

弁護士・社会保険労務士 小澤亜季子

1987年生まれ。2011年3月、早稲田大学大学院法務研究科修了。2012年、弁護士登録。2018年、社会保険労務士登録。労働環境を良くするため、企業側・労働者側の双方の弁護に従事。2018年8月、退職代行サービスを開始。その取り組みは「クローズアップ現代+」(NHK)など各種メディアで紹介されている。

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会社を辞める動機は「思う存分テレビを見たいから」など、小さなことでかまわない
(Photo/Getty Image)

「弟の死」を繰り返さないために

 退職代行サービスを知った時、「どうして?」という疑問を抱くのと同時に、「このサービスには根強いニーズがあるだろう」と直感しました。突然死した実の弟のことを思い出したからです。

 弟は、大学を卒業し、入社した会社で働き始めて半年たった頃、突然この世を去ってしまいました。朝、なかなか起きてこないので心配した母が部屋に起こしに行ったら、ベッドの上で死んでいたのです。その日も会社に行くつもりはあったのでしょう、寝る前にきちんと出社の準備をしていました。でも、目が覚めることはなかった。

 解剖医の話では、寝ている間に、何らかの原因で突然心臓が止まってしまったとのことでした。少し前からじんましんが出たり、顔色が悪かったりして、体調が思わしくなかったようなのですが、若く健康でしたし、まさか死ぬなどということは誰も想像していませんでした。

 本来は見るべきではないのですが、生前に弟が使っていたスマートフォンを見てみました。すると弟が「仕事 辞めたい」「仕事 辞め方」といったキーワードでインターネット検索していたことがわかったのです。息が止まる思いがしました。なぜ死ぬ前に辞めさせなかったのか。激しく後悔しました。

 もし弟が生きていた時に、「仕事 辞めたい」と検索して退職代行サービスを見つけていたら、そして退職代行サービスを使って仕事を辞めていたら、もしかしたらまだ弟は生きていたかもしれない。何でもない日々を普通に過ごしていたかもしれない。そう思いました。

 弟のように会社を辞めたくても辞められないまま亡くなってしまう人が二度と現れないためにも、また最愛の家族を失って悲しみにくれる人が二度と現れないためにも、退職代行は非常に意義のあるサービスだと感じたのです。

辞めないことで「失うもの」と「得るもの」

 世の中には、「辞める」「逃げる」「進路変更する」ことを、「根性がない」「一度逃げると逃げ癖がつく」等として否定的にとらえる意見もあります。

 たとえば、日本人は「石の上にも三年」という言葉が大好きです。確かに、継続は重要です。しかし、何でもかんでも我慢し続ければよいというものではありません。冷たくて硬い石の上に三年も座り続けて、あなたが「得るもの」は何ですか? 逆に、「失うもの」は何ですか? そして、「得るもの」より、「失うもの」の方が大きそうなのであれば、石の上に座り続けるのは止めた方がよいのではないですか?

 ただ、右肩上がりの高度経済成長期であれば、年次と共に「給料アップ」が見込め、定年まで「安定した正社員の地位」が確保され、「退職金」ももらえるなど、得るものも多かった。ですから、「失うもの」と「得るもの」は釣り合っているようにも見え、そのような状況下では、ひたすら耐えることが得策だったかもしれません。

 しかし、高度経済成長期をとうの昔に終えた、令和の今日においてはどうでしょうか。パワハラ上司や、長時間労働に耐え続けて、あなたが「得るもの」と「失うもの」の重みは釣り合っているか、一度立ち止まって考えてみてください。

 特に「失うもの」について。人は、失ってみないとその大切さに気付けないことがよくあります。「命」はもちろん一度失うと元に戻りませんし、「健康」も元に戻るのに時間がかかることがあります。また、辞めたくて仕方がない会社に捧げた「時間」は、絶対に巻き戻せません。人生は有限で、いつ終わるかもわからないのに、本当にもったいないと思いませんか。

 今の会社に勤め続けることで、「得るもの」よりも「失うもの」の方が多い場合、退職を先延ばしにする判断によって、毎日、少しずつ何かを失っていくということです。それでも、辞めずに、冷たく硬い石の上に座り続けることが正解ですか?

 私からすれば、嫌で嫌で仕方がない会社に居続けることこそ、どうしたらよりよい人生になるのか考えることから「逃げている」のではないかと思います。

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「石の上にも三年」は果たして、正しい判断なのだろうか
(Photo/Getty Image)

“日々の幸せ”を軸にする

 弟が若くして突然死んでしまってから、人はいったい何のためにこの世に生まれてくるのだろうと考えるようになりました。

 偉くなって、お金をいっぱい稼いで、世の中に何か大きな影響力を及ぼすために生まれてくるのならば、若くして新入社員のまま死んでしまった弟は、生まれてきた意味がないことになってしまう。しかし、まさかそんなはずはありません。

 弟は、小澤家の一員として生まれ、両親や家族に愛され、友人に恵まれ、楽しく充実した人生を過ごしました。弟が生まれてから成長して青年になるまでの家族アルバムを眺めていたら、弟はとても幸せそうだったし、周りの家族もとても幸せそうでした。弟の一生について考えるうちに、人は、将来成功するためではなく、日々幸せであるために生まれてくるのだと思うようになりました。

 仕事は人生の一部にすぎません。そうであるならば、今の仕事を辞めるとか辞めないとか、何の仕事をするのかとか、どうやって働くのかとか、そういったことを考える際も、人生の目的、すなわち日々の幸せを軸に考えるとすっきりするのではないでしょうか。

【次ページ】自分の幸せは、自分の頭で考える

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