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- 2020/03/09 掲載
私がMBAへの留学をやめてまで「デザインスクール」を選んだワケ
武器としての「ビジネスとデザインの最適ミックス」
これはアメリカのテキサス州にあるヒューストン空港の実例です。この空港では到着後にバゲージ・クレーム(荷物受取所)に荷物が出て来るまで10分以上待たされるので、乗客からの苦情が絶えないという問題を抱えていました。そこで、ある経営コンサルティングファームにその問題解決を依頼することにしました。そのコンサルティングファームが出した解決策は、バゲージ・クレームのスタッフを増員してスピードアップする方法でした。その方法を採用したところ10分の待ち時間を8分に減らすことに成功。しかし、苦情はまったくと言っていいほど減らなかったそうです。
皆さんなら、この問題をどう解決しますか?
次にデザインファームに相談したところ、空港で乗客の行動を観察して導き出したのは、荷物の処理時間を減らすのではなく、「待っていると感じる時間」を減らすという解決策でした。そのために乗客が飛行機を降りてから、わざと遠回りするように到着ゲートからバゲージ・クレームの通路をデザインしました。人は歩いている時間は「待たされている」とは感じないからです。
その結果、乗客はバゲージ・クレームまで約6分歩き、到着するとたった2分待つだけで荷物が出て来るようになり、苦情はほぼゼロになったそうです。従来のコンサルティングファームの解決策は、論理的な思考で導き出した答えです。データで原因を分析して合理的に解決策を導き、数字は20%改善しているので、それなりに成果を出しているとも言えます。しかし、それでは乗客の待たされているという不満は解消できず、苦情は減りませんでした。
一方、デザインファームは時間を減らすのではなく、人のエクスペリエンス(体験)と感覚にアプローチして、じっと待つのではなく、歩いていたら待つ時間を感じないのではないかという仮説を導き出しました。
これは私がデザインスクールに留学した際の最初の授業で教えてもらったエピソードです。拙書『感性思考』で扱うデザインスクールのプログラムでは、このようにデータ中心の合理主義を飛び越えた、よりよい解決策やアイデアを習得できます。繰り返しになりますが、本稿でお伝えしたい重要なポイントは、こうしたソリューションを考え、実行するのには、天性の才能などはまったく不要であるという点です。
皆さんの頭の中にも想像する人がいると思いますが、実際に天性のセンスだけで創造的なアウトプットを生み出す天才が世の中に一定数いることは事実です。なぜその発想ができたのかを彼らに聞いても、感覚的な話に終始することが多いと思います。
だからこそ、私たちは彼らのような天才には早々に負けを認め、誰もが真似できる論理思考に活路を見出してきました。論理思考は誰でもできるメソッドだからこそ、そこから生み出されるアウトプットに大きな差は生まれません。成熟した今の日本社会ではなおのことです。
天才でなくてもブレークスルーは生み出せる
そこで、そもそもの前提を疑ってみることが必要になります。天才と呼ばれる彼らの頭の中で起こっていることは、本当に言語化することはできないのか。実はそこには法則性があるのではないか。そこに隠れているのが実は、「技法としてのデザイン」なのです。「技法としてのデザイン」とは、通常の「見た目」や「スタイリング」を意味するデザインではなく、既存のものを組替えたり、新しい組み合わせをつくったりすることによりブレークスルーを生むことを指します。ですので、皆さんは天性のセンス自体を身に付けようとする必要はありません。天性のものがなくとも、天才的な人たちと同じように創造的なアウトプットが生み出せる。それが本稿で皆さんに学んでいただくデザインスクールの講義なのです。
ヒューストン空港の例では、多くのスーパーやコンビニで、レジ前に並ぶ時間を少しでも減らすことを重視しているのと同じで、オペレーションを効率化して待ち時間を減らすのは決して悪い方法ではありません。
けれども、それは論理的に考えれば当然に帰着する方法でもあり、そこには独創性もなく、努力と成果が正比例する、ブレークスルーを生まないソリューションしか産むことができません。
加えて、誰でも考えられる方法ではライバルとの競争に勝つのは難しい。よりスピードアップすることだけを追求すると、どこかに負担がしわ寄せされて膨大なコストもかかってしまい、その方法は行き詰まってしまう可能性が高いです。
一方、「待っていると感じる時間」を減らすアプローチは、乗客にとっても空港スタッフにとっても空港の管理者にとっても負担感はなく、コストもかからない解決策です。このように、合理性や効率性だけではなく、感覚的で創造的な手法が採用されている事例は徐々に増えてきています。
すでに日本マクドナルドは2019年から、注文した商品をスタッフがテーブルまで運んでくれるテーブルデリバリーを始めました。これは、効率とコストを重視していたマクドナルドが、人のぬくもりやホスピタリティを強化するようになった興味深い事例です。さらに、「未来型店舗体験」としてゲストエクスペリエンスリーダーという店内で来客のサポートをするスタッフを配置し、サービスの向上を目指しています。合理性の追求に限界を感じているのかもしれません。
私はイリノイ工科大学のInstitute of Design というデザインスクールに留学しました。そのデザインスクールの生徒には大きく2つのタイプがいました。私のようにビジネス分野出身の人と、逆にデザイン分野出身の人です。割合としては半々くらいでした。
前者はすでにあるビジネスを推進するのは得意ですが、具体的な新しいものやサービスを生み出すことには慣れていません。一方、後者は新しいものを生み出す力はありますが、それをきちんと利益を生み出すビジネスとして構想・実現することに慣れているわけではありません。
だからこそ、ビジネスサイドの人はデザインの知見を取り入れることにより、デザインサイドの人は逆にビジネスの知見を取り入れることにより、自分の中に「ビジネスとデザインの最適ミックス」をつくり出します。
【次ページ】絵が上手い必要も、手先が器用な必要もない
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