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新型コロナウイルスがもたらした働き方の変化により、リモートワークや遠隔学習を支える、クラウドのインフラとしての重要性がこれまでになく高まっている。しかし、9月に入ってマイクロソフトのAzure Active DirectoryやSlack、グーグルのGmailなどが短い期間に次々とダウン。事業でクラウドに依存するリスクが改めてクローズアップされた。古くて新しい課題だが、米国では「クラウド停止による悪影響の連鎖拡大」への備えが叫ばれるようになっている。また、米議会で「クラウド産業の寡占状態が社会全体の脆弱(ぜいじゃく)性を悪化させている」との指摘も出る。
信頼性が問われる、クラウドサービス
クラウドこそが未来であり、やがて社会はクラウドなしでは機能しなくなる──。21世紀初頭に盛んに唱えられた「クラウド社会」は予言通りに実現した。だが、今や日常の業務の遂行に欠かせないクラウドインフラが技術的な問題から停止するイベントも、毎月のように発生するようになっている。
米3大クラウド企業の一角を占めるグーグルだけでも、8月19日にGmail、YouTube、Googleドキュメントなどのサービスが数時間にわたり一斉に使えなくなったのをはじめ、9月24日にも同様の事象が起こった。
3月26日には欧州やオーストラリアでクラウドサービスが広範にダウンし、同クラウド上で提供されるDataflow、Big Query、DialogFlow、Kubernetes Engine、Cloud Firestoreなどが使用不能になった。同社では2019年6月にもクラウドが停止し、ECプラットフォームのShopifyや若年層向けSNSのSnap、動画ストリーミングのVimeoなどが機能できない状態に陥った。
マイクロソフトにおいても9月から10月の10日間に3回もOffice 365やTeamsを含むサービスの停止が立て続けに起こり、ユーザーやクライアント企業を慌てさせている。Teamsは2020年2月3日にもSSL証明書の更新忘れという極めて初歩的なミスにより3時間にわたってダウン。その直後の2月5日には、Windows検索が使用不能となった。さかのぼって2019年11月19日にもOffice 365やTeamsが一時的に機能しなくなった例がある。
米クラウド最大手のアマゾン、AWS(Amazon Web Services)でも2017年のクラウド一部停止により、タスク管理ツールのTrelloや英文添削のGrammarlyが使えなくなったことを覚えている方もいるだろう。日本の東京リージョンにおいても2019年8月23日、2020年4月20日に大規模な障害が起きた。
これらの例は、氷山の一角にすぎない。
こうしたインフラ停止はいずれも短時間で回復しているが、ビジネスに重大な影響があることは言うまでもない。仮に1日以上の長期間にわたってダウンすれば、多くのビジネスでは事業を通常通り行うことができなくなり、深刻な打撃を被る。
コロナ禍により、仕事のスタイルは現場での対面式からオンラインに不可逆的に移行している。その中で、ユーザーはサービス停止やデータ喪失が頻繁に発生し得るという事実を受け入れた上で、クラウドの信頼性問題への準備や対応を待ったなしで迫られている。
アマゾンがもし4日(1%)停止すれば……
クラウドがインフラ化することにより、停止時の経済への悪影響が連鎖するシステミックリスク(注)も議論されるようになってきた。クラウド停止による事業停止のショックが伝わる過程で、社会や経済全体まで損失や損害が増幅される可能性が高いからだ。
注:全体的なリスク。特定の金融機関や市場が機能不全となったとき、その影響がほかの金融機関や市場、金融システム全体にまで波及するリスク
有力シンクタンクである米ランド研究所は7月に「ネットワークショックが米経済にもたらす影響」と題した60ページの報告書を発表した。その中で執筆者のジョナサン・ウェルバーン研究員らは、「2008年の金融危機が(流動性の枯渇の)連鎖により悪化したように、クラウド上の企業間の相互コネクションが阻害された場合、経済的な連鎖が引き起こす悪影響は甚大なものになる」と指摘した。
同報告書によれば、クラウド化された経済において企業は相互に切り離せないレベルで産業分野を超えてつながっており、モノづくりのサプライチェーンにも匹敵するネットワークを形成している。
したがって、「最もつながった企業」がクラウドの停止などで打撃を受けた場合、その会社が米経済全体に及ぼす影響は極端に大きなものになる。
たとえば、クラウドおよびEC領域で圧倒的な存在感を発揮しているアマゾンが年間の1%、すなわち4日間のサービス停止という事態に追い込まれると、アマゾンおよびその顧客が「連鎖拡大効果」により、同社の年間売り上げの54%に当たる金額が吹き飛ぶと同報告書は算出している。
もちろん各社は稼働率に応じてSLA(Service Level Agreement)を定めているため、クラウド企業側によって一定率の補填はされる。たとえばAWSにおいて、報告書にある最悪中の最悪シナリオである月間4日間のダウンはひと月の約13%の停止に相当するため、影響を受けたリージョン内で「月間稼働率95%未満は、サービスクレジットによる返金100%」の事例に相当する。だが、実際にひと月に集中して4日間分の停止があるとは考えにくく、実際の補填率は「月間稼働率が99.0% 以上、99.99% 未満で返金10%」ないしは「月間稼働率が95.0% 以上、99.0% 未満で返金30%」になろう。さらに、これはあくまで顧客が支払った料金の払い戻しであり、顧客がサービス停止で被った実際の損害に対する補償ではない。
業界別に見ると、金融のバンクオブアメリカやJPモルガン、通信のAT&T やTモバイル、医療保険のユナイテッドヘルスやドラッグストア大手のCVS ヘルスなど、クラウド上におけるコネクションが密な企業のサービス停止が、見かけをはるかに超えた悪影響を及ぼす可能性があるという。
2000年代の金融機関における流動性危機の拡大連鎖のように、2020年代の経済危機はクラウドの停止などによる事業の機能不全の拡大連鎖というシステミックな危機をもたらす可能性があると、ウェルバーン研究員らは警鐘を鳴らす。
報告書では、Covid-19パンデミックによるバーチャル経済拡大を受けて、政策立案者が「システミックリスク」の定義を金融だけではなく、クラウドやネットワークにも適用して対策や準備を怠らないよう提言されている。具体的には、インフラ冗長性の強化が挙げられている。
これは、以前から強調されてきた「遠隔地域をまたぐデータ冗長性」「同一地域内でのデータバックアップによる重複確保」「データキャパシティーの上限に柔軟性を持たせる」などの対策の必要性を改めて認識させる内容だ。
【次ページ】アマゾン、マイクロソフト、グーグルの寡占状態に厳しい指摘
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