- 会員限定
- 2021/01/07 掲載
野中郁次郎教授に聞く、コロナ禍で改めて見直される「人間中心の経営学」とは
野中 郁次郎教授×AI研究者 松田 雄馬氏
現代経営の危機を乗り越えるには
──コロナ禍の影響で企業経営もますます先が見えない時代です。野中 郁次郎氏:(以下、野中氏)最近の論文(注1)の冒頭に書きましたが、一昨年(2019年)7月にスコットランドのエディンバラで国際会議「新啓蒙会議」が開催されて呼ばれて行きました。まず、その話をしましょう。
この会議は、「ダイナミック・ケイパビリティ(注2)」のコンセプトでいま売れているカリフォルニア大学のデイヴィッド・ティースを中心に、彼の仲間でイギリスの著名なエコノミストのジョン・ケイ、それから最近人気の歴史学者ニーアル・ファーガソンが組んで主催した会議を、アダム・スミスの旧宅でやったわけです。
アダム・スミスは『国富論』が一般に知られているわけですけど、その前に『道徳感情論』という本を書いています。本の中で彼はシンパシー(同感)という言葉を使っているんですけども、ある種の倫理が成立した上で市場経済があるんだと。ところが市場経済が過剰に行きすぎて、企業利益、ROE(自己資本利益率)経営、株主資本主義のほうへ向かってしまい、バランスを崩している。
アダム・スミスの『道徳感情論』は(18世紀当時の)Enlightenment(啓発)、啓蒙主義の時代において、道徳観に基づく社会秩序の維持について説いた処女作でした。今の時代も、これまでの行き過ぎた株主至上主義を反省し、利他と利益のバランスを取るような新しい啓蒙主義の発信が必要じゃないか。それがこの会議(The New Enlightenment Conference)の主旨だったんですね。そういう意味でわざわざアダム・スミスの旧宅でやったわけですよ。
新たな戦略論、ダイナミック・ケイパビリティ
野中氏:この会議の翌日に、ティースのダイナミック・ケイパビリティ論の討論がありました。学者、経営者、政治家も一部来て、オープンイノベーション論を提唱したヘンリー・チェスブローの司会でやりました。ティース、ヘンリー、僕らはバークレー派で、ざっくばらんに言うと、マイケル・ポーター(の戦略論)をいかに倒すかということなんですよ(笑)。僕は「ティース、お前のやっているダイナミック・ケイパビリティ論は、いわゆる市場構造分析、経済ベースで最初に理論ありきの風潮に反抗しているんだ」と言いました。
経済学ベースの戦略論はもう機能しないということで、我々はその反抗勢力なんだ。市場の構造、戦略、パフォーマンスから演繹的に考える戦略は安定的な環境では機能したんだけど、絶えず変化するダイナミックな環境ではちょっと違うんじゃないか。もっと人間的、ダイナミックなファクターがいる。
松田 雄馬氏(以下、松田氏):まさに現代を象徴する出来事だと思います。技術的観点で世界を見たときにも、今、同じ議論が巻き起こっています。同じ議論というのは「もっと人間的なファクター」が必要であるということです。
日本国内ではあまり話題として取り上げられることが多くありませんが、昨今、世界ではGAFAと呼ばれる巨大IT企業に対する批判が大きくなっています。
よく話題になるのは、グーグルやフェイスブックなどの一企業が個人情報を独占することによるリスクの高さですが、事の深刻さはそれだけではありません。グーグルの検索システムそのものが、人間が本来持っている創造性を阻害しているという批判があります。
偏った見方で世界を見てしまうというフィルターバブル問題について指摘したイーライ・パリサー氏は、未知の世界を探検するような創造的な空間であった黎明期のインターネットが、グーグルの登場によって、「検索すれば答えを示してくれる(だから自分で探したり考える必要はない)」創造性のない世界になったと指摘します。
同様の指摘は、『グーグルが消える日』を出版して話題になったジョージ・ギルダーも指摘しており、彼は、グーグルの作った世界を「無味乾燥な決定論的発想」であり「人間の意識や創造性の入る余地はない」と強調しています。
人間性に関する問題は今、世界の識者が注目し、解決を迫られている問題ではないかと思います。まさにそうした「人間」を中心とした戦略論を、野中先生は世界に先んじて研究してきたものと理解しています。
【次ページ】コロナ禍が突きつける「人間とはなにか」
関連コンテンツ
PR
PR
PR