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  • 2025/06/01 掲載

どうしてこうなった?「人を信じない」が生み出した管理地獄のリアル

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「日本の労働時間の大部分は真の価値を生み出さない仕事に費やされている可能性がある」──そう指摘するのはデンマーク発の世界的なベストセラー『忙しいのに退化する人たち やってはいけない働き方』を上梓した、デニス・ノルマーク氏とアナス・フォウ・イェンスン氏だ。デンマークでも「なぜ私はこんな仕事をしているのか」…そんな言葉を口にする人は後を絶たないという。公共部門で働く彼らは制度に振り回され、目の前の人を助ける時間すら失い、自らを「地獄から来た非人間的存在」と語る。彼らが共通して抱える感情は「絶望」と「諦め」だ。
執筆:人類学者 デニス・ノルマーク

人類学者 デニス・ノルマーク

1978年生まれ。デンマークの人類学者、講演家、著述家。オーフス大学で人類学の修士号を取得した後、長年にわたってコンサルタントや企業の社外取締役として働き、現在はフリーの講演家およびコメンテーターとして国際的に活動している。英訳された『Cultural Intelligence for Stone-Age Brains』など、文化や文化の差異についての著書がある。

  執筆:哲学者 アナス・フォウ・イェンスン

哲学者 アナス・フォウ・イェンスン

1973年生まれ。フリーで活動するデンマークの哲学者、著述家、劇作家、講師。パリのソルボンヌ大学で哲学の修士号、コペンハーゲン大学で博士号を取得。英訳された『The Project Society』や『Brave New Normal: Learning from Epidemics』など10冊の著書があり、そのほとんどが現代社会と私たちの現状を論じたものである。ウェブサイトはwww.philosophers.net およびwww.filosoffen.dk

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破綻した制度の中で働くしかない人々…どうしてこんな状況に陥ったのか
(Photo/Shutterstock.com)

公共部門で働く人たちの絶望とあきらめ

 行き当たりばったりの目標と絶え間ないモニタリングに縛られ、絶望して不満を漏らす多くの人たち、とりわけ公共部門の人たちは言う。「プロとして堅実な仕事をするには、言われたことと反対のことをする必要がある」と。

 多くの教師、ソーシャルワーカー(福祉業界などで相談や支援の業務に従事する人たちの総称)、医師、政府機関の職員にとって偽仕事とは、中途半端に仕事をしていると感じることであり、後でやり直さなければならないから時間のムダだと思うことであって、結局誰の役にも立たないと感じることにほかならない。

 人類学者のニナ・ホルム・ヴォーンセンが、『官僚制の不条理』(未邦訳)でこうした悲運について語っている。デンマークの大規模職業安定所でのフィールドワークでは、数え切れないほどの事例を目にしたという。

 仕事のやり方への要求が増えることで、ケースワーカー(福祉業界などで相談や支援の業務に従事する公務員)はまともに仕事をできなくなっていると感じていて、自分たちにはどうしようもないと利用者にあきらめ口調で告げるはめになっている。制度が破綻しているのだが、その中で働くしかないのだ。

 たとえばイーナの例を見てみよう。定期的な面談に利用者を呼び出さなければならないが、その理由を説明できない。
イーナ:では4週間後にまた面談に来てください。
利用者:なぜ?
イーナ:法律で決まっているからです。
利用者:何について話すんです?
イーナ:そう、そうなんですよね……いったい何について話すんでしょう? ごめんなさい、でもそうしなければいけなくて。
 調査中、ヴォーンセンは互いに矛盾するさまざまな要求や手続きに直面するケースワーカーたちに会った。そのケースワーカーたちは、自分たちの仕事にまとまりや全体の意味があるかのようにはもはや装えなくなっていた。偽仕事に耐える唯一の方法は、たとえ利用者の前であっても、ふりをするのをやめることだったのだ。

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偽仕事に耐える唯一の方法は、自分たちの仕事に意味がある「ふり」をやめることだった
(Photo/Shutterstock.com)

デンマークの状況は、世界の現状を反映している

 調査の一環として、ヴォーンセンは新計画の実施プロセスを追った。地方自治体と取引のある企業で働き口を提供し、利用者がすぐに職に就けるようにするプログラムだ。

 いい取り組みのように聞こえるが、計画は融通がきかないので、利用者はみんなどこかへ送られて何時間もトレッドミルの上で過ごさなければならなかったりする。定期的にジムに通っていて、翌月には新しい仕事をはじめることが決まっている人もだ。無意味な活動だが、それでもケースワーカーは利用者を送り込まなければならない。

 職業安定所のケースワーカーは、最も重要な仕事はルールを忠実に守って制度の中で働くことだと知った。所内の会議ではいつも、上司がさらに少しだけ偉い上司の要求を伝え、手続き、目標、ガイドラインを示して、それに従うことを求める。管理職の仕事は、それらを監督することだからだ。

 こうした仕組みによって、管理そのものが最も重要な仕事になる。たとえばあるとき、ヴォーンセンの情報提供者は、ドメスティック・バイオレンスについて語る女性を無視せざるをえなかった。ケースワーカーには、単純にその状況に対処する時間がなかったのだ。後にそのケースワーカーはヴォーンセンに語った。
「自分がいやでたまらなかった。地獄からやってきた冷たくて非人間的なケースワーカーになるしかなかったの。それ以上は耐えられなかった。共感を呑み込まなければいけなかった」
 ヴォーンセンの本には、こうした話が何十も記されている。さらに多くの話がさまざまなインターネット掲示板に投稿され、無意味な雇用創出を押しつける制度に不満の声があがっている。

 一方でソーシャルワーカーは、時間のムダだとわかっているコースへ利用者を派遣しなければならないことを嘆く。結局あきらめて書類の山に永遠の別れを告げる人もいる。

 デンマークの状況は、世界の現状を反映しているとヴォーンセンは言う。

 どうしてこんな状況に陥ったのか、しかるべき人物の考えを聞く必要があった。 【次ページ】英米が生み出した「経営思考」の波に襲われ…とまどう人々
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