• 2025/06/29 掲載

「立て直し不可能」の工場がわずか2年で劇的進化、「トヨタの哲学」の秘密(2/2)

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GMが工場閉鎖・全従業員を解雇…そこにトヨタは目をつけた

 トヨタは日本を代表する企業なので、その成功は「日本的」な文化や賃金水準、従業員の姿勢によるものだと思われていた。だが歴史を振り返れば、そうでないとわかる。

 1980年代前半のレーガン政権下では、アメリカの道路を占領する大量の輸入車の問題で日米間の緊張が高まっていた。アメリカの産業は苦戦を強いられていた。カリフォルニア州フリーモントにあるGMの工場は、この衰退の象徴だった。品質も生産性も、GMの工場の中では間違いなく最低レベル。車体の組み立てにかかる時間はほかの工場に比べてはるかに長く、完成した車の欠陥箇所は2桁に達した。

 従業員用の駐車場にフリーモントで製造された車が1台もないことが、プライドや自信のなさを如実に物語っていた。工場には組合からの未処理の苦情が5000件もたまり、全米自動車労働組合によるストライキも繰り返し発生していた。労働環境は劣悪そのものだった。

 欠勤率は20%を超え、それをカバーするために、あらゆるシフトで大量の臨時労働者を手配する必要があった。おまけにシフト終了後の駐車場で、酒瓶やドラッグの使用器具を片づける清掃スタッフが雇われる始末だった。

 GMは立て直しは不可能だと判断し、2月に工場を閉鎖して全従業員を解雇した。

 そこに目をつけたのがトヨタだ。長期化する貿易摩擦を解決し、競合相手の本拠地でカイゼンの哲学を試すチャンスと捉えたのだ。1983年、トヨタはGMに合弁事業を持ちかけた。フリーモントの工場はニュー・ユナイテッド・モーター・マニュファクチャリング(NUMMI)として生まれ変わり、トヨタ・カローラとシボレー・プリズムを主力製品として製造することとなった。

 トヨタは現金を投資し、工場の円滑な経営を監督し、自社の哲学を実践することを提案した。さらに、わずか1年前に崩壊したにもかかわらず、同じ労働者を再雇用し、労働組合も施設も設備も以前のまま利用することにも同意した。

「トヨタの哲学」がわずか2年でもたらした驚きの“結果”

 トヨタの元会長、豊田英二は、これが北米にトヨタの単独工場を設立するのに必要な第一歩だと信じていた。だが同時に、トヨタ生産方式の実行可能性や応用性を試すうってつけの機会であるとも考えていた。

 トヨタはフリーモントの時給労働組合員の約90%を再雇用し、「解雇禁止方針」を実施して従業員の雇用を守った。また、300万ドル以上の費用をかけて450名のグループとチームリーダーを豊田市に派遣し、カイゼンをもとにした独自の「トヨタ生産方式」の研修を受けさせた。トヨタの経営理念では、労働者は工場の運営において強い発言権を持つ。従来の100行にわたる職務記述書は「チームメンバー」という1語に置き換えられた。管理体制は簡素化され、14の役職が工場管理者、グループリーダー、チームリーダーの3つに絞られた。

 すると、それまで雇用主に不満を抱いていた従業員が、まるで魔法にかかったかのように仕事上の意思決定に関わるようになった。彼らは問題解決やカイゼンの実践に関するトレーニングを受け、それぞれの担当部門で真のプロフェッショナルとなった。仕事で求められる内容も根本的に変わった。単に自分の役割を果たすだけでなく、積極的に考え、改善することが職務となったのだ。

 チームメンバーには改善のアイデアをすぐさま実行する権限が与えられ、効果が得られると、最も効率のよい方法として採用された。問題が発生した場合には、工場内のどこからでも手が届く紐を引き、いつでも生産ラインをストップして対処することもできた。

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 1985年の設立から1年も経たないうちに、NUMMIは世界各地のGMの工場の中でも最高の品質と生産性を誇るようになった。

 組み立てに要する時間は、かつてやる気のない労働者でかかっていたときの半分になった一方で、車1台当たりの欠陥は平均12カ所から、わずか1カ所にまで減少した。常時3%の欠勤率は、労働者の満足度や関与が急上昇したことを示している。オペレーションの刷新も行われた。新たなアイデアに対する従業員の参加率は90%を超え、1万件近くのアイデアが実行に移されたことが記録されている。

 NUMMIは1988年までに数々の賞を受賞し、1990年の時点で、トヨタ生産方式およびカイゼンの哲学は製造業におけるグローバル・スタンダードとなった。わずか2年で。建物、労働力、設備にはまったく手を加えずに。新たな哲学が、それまでとは根本的に異なる結果をもたらしたのだ。

※本記事は『執行長日記 THE DIARY OF A CEO』を再構成したものです。

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