- 2026/09/11 06:40 掲載
柯隆氏が語る習近平「2つの大失策」…中国を内憂外患に追い込む“国家主導”の限界(3/3)
EV・ロボットで企業乱立…国家主導の産業育成が招く過当競争
国家が重点産業を決め、資金を集中的に投入する政策は、短期的には大きな成果を生むことがあります。EVはその典型です。中国では補助金を背景に参入企業が急増し、一時はEVメーカーが400社を超えました。ロボット分野でも多数の企業が参入しています。
最初は産業が急成長しているように見えます。しかし、補助金を目当てに参入企業が増えすぎれば、やがて供給過剰になります。
供給過剰になれば値下げ競争が激しくなり、企業の収益性は低下します。最終的には大規模な淘汰を避けられません。
太陽光パネルやEVで見られた構造が、ヒト型ロボットでも繰り返される可能性があります。
政府による産業支援そのものが問題なのではありません。重要なのは支援の規模と方法です。
補助金を出しすぎず、どの企業にどのような基準で資金を配分するのか透明性を確保する必要があります。国家が重点産業を指定するたびに地方政府まで一斉に補助金を投入すれば、市場の需要ではなく政策に反応した企業が増えます。
国家が強ければ企業も強くなる、というほど経済は単純ではないのです。
「改革開放に戻るしかない」──鄧小平路線を再び選べるか
中国経済が再び成長軌道に戻るには、政策転換が欠かせません。端的にいえば、「改革開放」路線への回帰です。中国の民間の活力は失われていません。厳しい事業環境の中でも、高性能な生成AIモデルで世界的に注目を集めたディープシークのような企業が生まれています。
必要なのは、民営企業への締め付けを緩め、企業が長期的な投資計画を立てられるよう政策の予見可能性を高めることです。補助金によって企業を乱立させる産業育成策から距離を置き、政府と市場の役割を改めて整理する必要があります。
国家が経済を直接動かす発想から、民間と市場の活力を引き出す政策へ戻れるかが問われています。
ここで鄧小平と習近平氏を比べると、両者の違いが見えてきます。
鄧小平は、毛沢東の死後に中国の実権を握り、1970年代末から改革開放を主導した事実上の最高指導者です。
それまでの計画経済一辺倒の政策を見直し、市場原理や外資を段階的に取り入れました。経済特区を設けて海外からの投資を呼び込み、民営経済の活動範囲も広げるなど、中国を世界経済に組み込む方向へ大きくかじを切りました。その後の中国の急成長につながる経済モデルの土台を築いた人物です。
もちろん、鄧小平の政策判断がすべて正しかったわけではありません。前述した一人っ子政策も、長期的な副作用を残した代表例です。
習近平氏だけの問題ではない?「文革世代」に根づく権力崇拝
それでも経済運営における鄧小平には、習近平政権とは異なる現実主義がありました。彼は日中戦争や国共内戦を経験しただけでなく、若いころにはフランスで働いていました。象徴的なのが、クロワッサンのエピソードです。
彼はフランスのクロワッサンを好んでいました。ある中国の大使がパリから帰国する際、何か欲しいものはあるかと尋ねたところ、鄧小平はクロワッサンを頼んだといいます。
小さな逸話ですが、鄧小平という人物の一面をよく表しています。
彼は外国社会を実際に見て、西側の生活や経済に触れていました。社会主義だから資本主義のものをすべて排除するのではなく、中国を豊かにするため利用できるものは取り入れる。そうした現実主義が改革開放につながりました。
社会主義体制は維持する。一方で、市場の力を使い、外資を入れ、民営企業にも活動させる。この路線が、その後数十年にわたる中国の高成長を支えました。
習近平氏の世代が経験した環境は大きく異なります。
習近平氏が初級中学1年生だったころに文化大革命が始まり、学校教育は大きく混乱しました。現在の中国指導部の中核を担っているのは、文化大革命という特殊な時代を経験した世代です。
私は、この世代には権力への強い崇拝があり、何でも自分でコントロールしたがる傾向があるとみています。問題は習近平氏個人に限りません。たとえトップが代わっても、同じ世代から指導者が出る限り、強い権力で経済や社会をコントロールしようとする統治は繰り返されるのではないでしょうか。
経済政策だけをみれば、必要な改革は明確です。ところが、習近平政権はむしろ統制を強めている。ここに政策転換の難しさがあります。
中国の若者には依然として強い上昇志向があります。中国経済が再び成長できるかどうかは、かつて成長を支えた改革開放に立ち返れるかにかかっています。
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