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  • 2009/03/02 掲載

不完全情報の経済学とITの影響:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(4)

九州大学大学院教授 篠﨑彰彦氏

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インフォメーション・エコノミーの各論として、これから数回にわたり、情報経済学の基礎を解説していこう。まず今回は、スティグラーが提起した「価格情報が不完全な場合」を取り上げて、市場にどのような問題が生じるか、また、情報技術革新によって現在どんな変化が生まれているかを考えてみよう。

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
■研究室のホームページはこちら■

インフォメーション・エコノミー: 情報化する経済社会の全体像
・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日

経済学における「完全競争市場」

 複雑に絡み合った現実の経済をそのまま理解するのは難しい。そこで、経済学では混沌とした事象に惑わされず筋道を立てて理解しやすいよう、単純化(simplify)を行う。その代表が「完全競争市場」の想定で、 (1)消費者、企業などの市場参加者が多数存在すること(多数参加)、(2)市場参加者は価格や商品知識などの市場情報を完全に持っていること(完全情報)、(3)個々の市場参加者は市場で形成される価格に対して影響力が軽微であること(価格受容者)、(4)取引される財サービスの質が均一であること(同質財)、(5)市場への参入と市場からの退出が自由に行われること(参入退出の自由)という前提条件が置かれている。

 情報経済学は、こうした完全競争市場の仮定を緩めて、情報が不完全である場合に市場の機能がどうなるかを考察するものだ。いわば、「不完全情報の経済学」といえる。そもそも、市場における完全情報とは、「何が」「いくらで」売れるか、また、買えるかという、取引される財サービスの質と価格の情報が、売り手にも買い手にも充分行き渡っている状態を意味する(図1)。

図1 完全競争市場

図1 完全競争市場


 この場合、同質財であれば、同一価格に収斂するという「一物一価」の法則が働く。例えば、ランチタイムに全く同一の弁当が、商店街を挟んで、道のこちら側のA店では500円、向こう側のB店では350円で売られているとすれば、誰もがB店で購入しようと列をなし、A店は閑古鳥が鳴くことになるだろう。その様子をみてB店は少し値上げしても売れると思うだろうし、A店は売れ残りを回避するために価格を引き下げようとするだろう。あるいは、機転のきく第三者が、B店で大量に買ってA店の隣で400円の弁当として売ることを考えるかもしれない。これが「裁定」と呼ばれる機能だ。こうした行動によって、商店街に存在していた同質財の価格差は消滅することになる。もし、どうしても価格差をつけたいならば、おかずの品を変えるなどの差別化がとられるため、同質財ではなくなる。

価格情報の不完全性

 裁定などの働きで価格差が収斂するのは、同じ商店街の隣接店や道路を挟んだガソリン・スタンドなど、売り手にも買い手にも価格差の情報がすぐに行き渡る場合、つまり、価格情報を手に入れる費用がゼロか無視しうるほど小さい場合だ。しかし、現実の経済活動ではそうでないことも多い。経済学では、会計学と異なり、費やした時間も費用と考える(これを「機会費用」という)。少しでも安い商品を求めて時間と労力をかけ、たくさんの店を駆けずり回った経験は誰にもあるだろう。その場合は、価格情報を手に入れるために費用がかかっていることになる。では、価格情報を手に入れる費用が高く、価格差がすぐにわからない場合に、いったいどのような現象が起きるだろうか(図2)。

図2 不完全情報の市場

図2 不完全情報の市場


 価格情報を探し出すための検索費用(search cost)を問題提起したのがノーベル経済学賞を受賞したスティグラーだ(ちなみに、質に関する情報が完全でない場合を問題提起したのが次回に解説するアカロフだ)。1961年に発表された論文をもとに彼の議論を整理すると、価格情報の入手に費用がかかる次のような市場を想定すれば、一物一価の法則が成り立たず市場に価格差が残ること、また、検索費用が一定であるとすれば、高額商品ほど綿密に検索されること、したがって、高額商品ほど標準偏差を平均で除した変動係数が小さくなること、などの結論が導かれる。

【市場の仮定】
・多数の売り手が存在する
・売り手の価格のバラツキが確率的に分布している
・多くの売り手を探すほど安い価格を発見し得る可能性が高まる
・ただし、検索を続けるにしたがって、価格の節約額は逓減していく
・検索は一定のコストがかかる

【買い手の合理的行動】
・検索による節約額の期待値と検索の費用が等しくなるまで検索を続ける

【導かれる結論】
・買い手は、ある回数で検索を打ち切るので、売り手の価格のバラツキが残り、一物一価とはならない
・検索のコストが商品の価格の大きさにかかわらず一定とすれば、検索による節約額の期待値が大きい高額商品ほど綿密に検索され、高額商品ほど変動係数〔標準偏差を平均で除した値〕は小さくなる


 市場における売り手と買い手がどんな状況かというと、店ごとに販売価格のバラツキがあり、買い手はそのような価格差があることを全体的な確率分布としては知っているが、情報の解像度が低く、どの店がいくらで売っているかという個別の価格情報までは知り得ず、精緻な価格情報を入手しようとすれば、費用(時間と労力)がかかるということだ。

 例えば、パソコンや液晶テレビなどを購入する場合に、これまでの経験などから他の店ではもっと安い価格で売られているかもしれないと思い、電話代や電車代を払い、時間を費やしてまで、新宿や秋葉原の各店で価格情報を探し回る状況を想定するといいだろう。

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