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  • 2009/11/19 掲載

情報財の特殊な性質:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(12)

九州大学大学院教授 篠﨑彰彦氏

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ユニークな発展段階論を唱えた梅棹忠夫は、情報財という「奇怪なる擬似商品」の特殊な性質について、「立ち読みお断り」や「坊主丸もうけ」という親しみやすい表現で鋭い洞察を行った。「情報が疑似商品」だった1960年代に、将来は「商品が疑似情報」になると着想した彼の考え方は、その後の「情報経済学」で生まれた新しい概念に通じるものがある。今回はこの点を解説しながら「ネットブックはなぜ100円なのか」を考えてみよう。

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
■研究室のホームページはこちら■

インフォメーション・エコノミー: 情報化する経済社会の全体像
・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日

情報産業の創出は虚数の発見に匹敵?

 前回みたように、梅棹(1963)は、工業に続く情報産業の時代には、コンテンツにこそ価値があると説いた。そして、そこで取り扱われる情報財は、モノとして実態のある工業製品とは異なって、「きわめて特殊な性質」をもつ「奇怪なる擬似商品」だと指摘した。工業の時代の商品、すなわち「かたち」のある一般の「商品」(=財)は、何らかの物理的な計量が可能であるのに対して、情報財はそれが困難であるからだ。

 もちろん、情報量の大小をビット単位で示すことは可能だが、「現実には、“今夜のテレビ・ドラマの情報量は何ビットであった”などということは、まるで意味をなさない」(梅棹)のであって、情報の価値は工業の時代の発想ではつかみどころがないものだ。

 それが、情報産業の“傍流意識”にもつながったとみられる。梅棹も「工業的生産の体系の中では、何らかの物から、何らかの物をつくる〔中略〕のが原則で、〔中略〕“実業”という呼び名の裏には、そのような実質あるもののずしりとした重々しさが感じられる」のに対して、「実質的な物、あるいは商品を扱わないというところに、情報産業の特徴」があると述べている。その上で、「虚業であるが故に、それは実業にはない新鮮で独自の性格をもち得たのである」と「虚業観念の居直り」を唱えた。

 なぜなら、梅棹によると、それは「数学における虚数の発見に似ている」からだ。はじめは単純な自然数から出発した数学に小数点が加わり、有理数と無理数の区別がわかって、やがて虚数が発見される(図1)。このあたりが、理学系のバック・グラウンドをもつ彼らしいのだが、「虚数とは、虚しき数でもなければ、存在しない数でもない。それは、実数とは全く異なる独自の性格をもって実在する数の発見で〔中略〕、実数と組み合わされて、複素数という、もっとも一般化された数概念の世界に到達」できたのだ。この文脈で考えると、「奇怪なる擬似商品」を扱う情報産業の積極的な意義が明瞭になる。


図1 虚業概念の居直り?



「立ち読みお断り」と「お布施の値段」

 情報産業が扱う「奇怪な擬似商品」(=情報財)には、どのような特殊な性質があるのだろうか。梅棹は「立ち読みお断り」と「坊主丸もうけ」という身近な表現を巧みに用いて考察を深めた。

 「立ち読みお断り」は、後述するように、不確実性や不可逆性という情報財の特殊な性質に対処するため、人々が編み出した日常ルールのひとつだ。モノとは違って情報はいったん伝えてしまうと相手から取り戻すことはできない。つまり、「情報の内容を言ってしまってから、“この情報を買わないか”と持ちかけても商売にならない」ので、「情報産業においては、さきにお金をとるのが原則」となるのだ。

 本や雑誌や新聞は、紙としての物的な実態はあるが、それは、前回みたように、「情報の容れもの」に過ぎず、中身が読まれてしまえば、取り返しても後の祭りで何の意味もない。書店や駅の売店での「立ち読みお断り」だけでなく、映画や芝居が「入り口で入場料をとる」のもそうした情報財の性質によるもので、「情報産業の提供する商品を、買い手は、その内容を知りもしないで〔つまり不確実なまま〕、先き金〔前金〕を出して買う」のが一般的なのだ(〔 〕は引用者の加筆)。

 ふたつ目の「坊主まるもうけ」は、コスト面からくる情報財の特殊な性質を言い当てたもので、今日では複製可能性、限界費用ゼロ、もしくは、フリーコピーと呼ばれるものだ。梅棹は、物的な実態をともなわない情報財は「原価計算ができないものがはなはだ多い」と述べた上で、お布施をとりあげ、その値段は「お経の長さによってきまるわけでもないし、木魚をたたく労働量できまるものでもない。お経の内容のありがたさは、何ビットであるか、とうてい測定はできない」と巧みな議論を展開している。

 結局、「お布施の額を決定する要因は〔中略〕お坊さんの格〔中略〕ともう一つは、檀家の格である」として、次のような「お布施の原理」を提唱する。それは、「お布施の額は、この二つの人間の、社会的位置によってきまるのであって、坊さんが提供する情報量や労働には無関係である」というものだ。工業製品のような原価計算を当てはめて価格を導くのが難しいのは、「芸術家の作品料や出演料も同じ」で、「論文や小説は、長いほど価値があるというものでもなかろう。むしろ、全部でいくら、というふうに、全面的お布施原理の方がすじが通る」と論じている。これは、日本が苦手とする無形のものに対する価格付け(プライシング)、あるいは、コスト積み上げ型ではない成果(アウトプット)評価の問題といってもいいだろう。

 「お布施理論」を「いわば社会的・公共的価格決定原理」だと考える梅棹は、黎明期の民間テレビ放送にも深く関わっていたが、「情報産業を主軸とする外胚葉産業が、本来きわめて社会的・公共的な性格のものである」とするならば、「講演料やラジオ・テレビの出演料などは、実質的にはやはりこのお布施原理によって支払われている」と解釈するのもうなずける。

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