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- 2009/12/18 掲載
情報化の進展をどう計るか:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(13)
九州大学大学院教授 篠﨑彰彦氏
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1960年代の日本と比べると、現在の消費者が健康や環境への関心を一段と高めているように、経済が発展して生活が豊かになるにつれて、人々の嗜好は変化し、消費支出の内容も変わっていく。これは需要サイドの動きだが、それに呼応して、人々が求めるものをうまく生産できるように供給サイドの資源配分が変化すれば、その社会の中核産業も次第にシフトすることになる。つまり、産業構造は需要サイドと供給サイドのそれぞれの動きがうまくかみ合ったときにダイナミックな変貌を遂げるのだ。
前回みたように、梅棹は、エンゲル係数を「家計の中における中胚葉産業的要素と内胚葉産業的要素の比率」と表現したが、産業革命による農業の時代から工業の時代への変化は、需要サイドでは、消費支出に占める食料費の割合=エンゲル係数の低下となって表れる。一方、供給サイドでは、農業など第一次産業から第二次産業(工業)や第三次産業(サービス業)へ生産力がシフトするため、第一次産業の就業人口割合が次第に低下することになる。これが有名なペティ=クラークの法則だ。
実際に、豊かさの指標である一人当たりGDPと対比して、世界各国のエンゲル係数(一人当たり最終消費支出に占める食料費の割合)や経済活動人口に占める一次産業従事者の割合を観察すると、需要サイドでは、豊かな国ほどエンゲル係数が低くなる傾向にあること、また、供給サイドでは、豊かな国ほど一次産業の就業人口割合が低下し、ペティ=クラークの法則が現在の世界経済にも作用していることが確認できる(図1)。
もっとも、この場合は、エンゲル係数もペティ=クラークの法則も、工業化の進展によって、それまで生活と生存の基盤であった「農業が衰退する」様子を測っているため、新しい産業の勃興を追い求めるというよりも、従来の産業の衰退を見届けるという印象が強くなる。こうした提示の仕方では、どうしても指標に「マイナスのイメージ」がつきまとうが、商品の擬似情報化という「虚業観念の居直り」を唱えた梅棹は、情報化によって「外胚葉的要素の占める割合」が「しだいに増大する」という「プラスのイメージ」でこの変化を取り上げた。工業時代の全盛期にあって、情報化の進展を製造業の衰退=工業の比率低下としてではなく、知識・情報関連活動の拡大という、次の時代に向けた積極的な視線でとらえようとしたのだ。
ただし、いつの時代もそうだが、新領域を数値化して統計的にとらえるのは至難の業といえる。なぜなら、新しい経済活動は既存の枠には収まらず、しかも当初は小さな規模であるために、データの整備が追いつかず、数値情報として捕捉することが難しいからだ。また、個々の研究者の努力で何らかの指標や数値化ができたとしても、基本的な概念がバラバラで散発的なものにとどまれば、議論がかみ合わず継続性も失われるため、応用が利かない。重要なのは、そもそも情報化の進展とは何か、基本概念を明確にして観察を継続することであろう。
情報化の進展については、現在もさまざまな指標が提示されているが、基本的な概念を整理すると次の二つの側面からとらえることができそうだ。ひとつは、情報産業に限らずあらゆる産業の商品について、原料や素材などの単なる物的な投入による生産活動だけでなく、デザインや色、広告など非物的な情報活動の比重が高まるという「産業の情報化」だ。この点は、梅棹の「商品が擬似情報」になるという発想にも通じるもので、林雄二郎が今から40年前に行った次の考察がわかりやすい。
林(1969)は、「社会の情報化とは、この社会に存在するすべての物財、サービス、システムについて、それらが持っている機能の中で、実用的機能に比して情報的機能の比重が次第に高まっていく傾向をいう」と述べた上で、「商品の情報化」として万年筆を例に取り上げ、商品として売れるためには、「字を書く」という実用的機能に加えて、「色、手ざわり、デザイン」など「字を書く機能とは直接かかわりがない」付随的機能=情報的機能が必要で、「売れるか売れないかのカギは、情報的機能」にこそあるのだと論じた。
彼は、消費者の購買動機に関する調査から「情報的動機が商品の購買動機として、きわめて高い比重をもっており、実用的動機は概ねそれに劣る」と分析しているが、こうした消費者の嗜好にうまく対応しようとすれば「すべての産業はそれぞれなにがしかずつ情報産業化して」いかざるを得ず、突き詰めると「全産業が情報化する」ことになるわけだ。
ふたつ目は、「情報の産業化」だ。上述したような傾向で、デザインや広告など情報関連の活動が多くの企業や産業で盛んになるにつれて、こうした活動を引き受ける新しい企業が生まれ、それらの企業が群を成して産業を興し、経済全体の中で比重を高めていくことになる。確かに、アマゾン、グーグル、ヤフー、楽天など現在華々しく事業展開しているネット関連企業は、15年前には存在しなかったか、あったとしても細々とした存在に過ぎなかったが、情報技術革新に促されて、今ではネット関連の経済活動がある一定のまとまりをもつ独立した産業を形成し、発展を続けている。
これを端的に示すのが日本の広告市場の動向だ。ネットを活用した広告は、当初、一般企業のオフィスの片隅で、ホームページ上のバナー広告などを細々と制作するというような小さな活動に過ぎなかったが、次第に独立した企業群を形成し、2004年にはラジオ広告を、また、2006年には雑誌広告をそれぞれ上回る産業へと成長、現在は、テレビ広告や新聞広告に迫る勢いにまで発展を遂げている(注1)。
注1 媒体別広告費
電通が2009年2月に発表した試算によれば、2008年度の媒体別広告費は、テレビが1兆9,092億円(前年比95.6%)、新聞が8,276億円(同87.5%)、雑誌が4,078億円(同88.9%)、ラジオが1,549億円(同92.7%)で、インターネット広告費(媒体費と広告制作費の合計)は6,983億円(同116.3%)となっている。
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