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  • 2015/12/18 掲載

中村正志氏インタビュー:混迷する医療界の背景にあるものを読み解く

『医師・医学部のウラとオモテ』著者に聞く

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中村正志『医師・医学部のウラとオモテ』(朝日新聞出版)は、500人以上の医学生・研修医・医師の悩みを聞いてきた医師専任キャリアコンサルタントの著者が、「名医」になるための処方箋を説いた一冊だ。本音のキャリア相談から見えてくる、現代の医師のリアルとは?

医学生にとって重すぎる「将来の選択」

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『医師・医学部のウラとオモテ』
──本書によれば、医師や研修医の悩みを大別すると「将来の選択」と「仕事そのものへの自信喪失」の二つになるとのことですが、これはサラリーマンであれ何であれ、働く人であれば誰でも持つ悩みだと思われます。この2つの悩みにおける、医師ならではの特殊性はどこにあるのでしょうか?

中村氏:「将来の選択」という点に関しては、2004年から始まった「新医師臨床研修制度」による研修の義務化が大きな影響を及ぼしています。この研修制度が導入される以前は、医学部を卒業した学生の研修の場は、主に出身大学の「医局」(大学内の診療科ごとの組織)だったのですが、制度導入後は大学病院、市中病院を問わず、全国の病院から好きな研修先を選べるようになりました。つまり、いきなり選択肢が増えたわけです。

──逆に言うと、研修制度の導入以前は、ある程度は医師になるまでのレールが敷かれていたということですか?

中村氏:大雑把にいうと、かつては、医学部卒業→医局で研修→関連病院への派遣・出向→医局に戻って管理職に就く一定のルートがありました。そこから先に進むにあたり、そのまま医局で昇進するか、関連病院で勤務するか、それとも開業するか、といった選択を迫られるのが一般的でした。

──選択の余地がない分、言葉は悪いですが、あまり難しいことを考えなくてもよかったと。

中村氏:ただ、それだと医師のキャリアが医局の意向に左右され、特定の専門診療科に偏りがちになってしまいます。だから、自己責任でキャリアを選択できるようにするために研修制度が導入されたのです。しかし、その結果、医学部を卒業した学生は、研修期間中に自分の専門とする診療科も決めなければならなくなってしまったんですね。

──浪人、留年なしで6年制の医学部を卒業したとしても、23~24歳ですから、その年齢で自分のキャリアを選択するのは相当に難しいものがありますね。しかも、一度専門を決めたら、基本的には後戻りできないわけですよね?

中村氏:そう、そこが一番大きいですね。たとえば精神科と整形外科だと、極端に言えば、研究者か職人かくらいの違いが仕事にあるわけですよ。しかも、現在は診療科も細分化され、その数は30~40に上り、それぞれ働き方も大きく異なります。研修制度は初期研修と後期研修に分かれていて、初期研修でいろいろな診療科をまたいで見て回るのですが、そこで「○○科は自分が想像していたのと違う」「××科のほうが向いているかもしれない」などと悩みだしてしまうんです。

──ある程度の規模がある一般企業ならば、営業で入った人が企画やマーケティングに移ったり、あるいは食品の営業から家電の営業へと転職するなど、いったん就職してからもいくつかのルート分岐が考えられますが……。

中村氏:医師の場合はそうもいかないので、そのぶん悩みも深刻化してしまうんですね。

医師だってブラックな職場はイヤ!

──では、「仕事そのものへの自信喪失」における、医師ならではの背景とは?

中村氏:ひとつは、当直制度です。つまり昼間働いて、そのまま当直帯に突入し、翌日もある程度勤務しなければいけないという職業って、あんまりないですよね。その特殊な労働形態による連続勤務に加えて、人の命がかかっているというプレッシャーもある。そこに日本のトップレベルの頭脳が集まるわけですが、やはり学力と体力は別物で、そこで心身のバランスを崩していくパターンが多いです。

──ビジネスマンにも残業や徹夜はありますが、医師の場合はルーチンワークとして当直があるのですね。

中村氏:また昨今の風潮として、先ほどの「将来の選択」の話ともリンクするのですが、特に若い医師は診療科の選択において、たとえば当初は外科系を志望していた人が、研修で現場の厳しさを目の当たりにし、より負担が少ない内科系や精神科に移っていくようなケースもめずらしくありません。いわば理想と現実のギャップに引いてしまうんです。

──こういう言い方は失礼かもしれませんが、それは医師や研修医の心が弱くなったということでしょうか?

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中村正志氏
中村氏:各個人の心が弱くなってきたというより、一般の労働者がいわゆる3K仕事やブラック企業を避けるような傾向が医療界にも生まれているということ。加えて、「医師としての地位を上げたい」「手術の腕を磨きたい」というよりは、「仕事は仕事、家庭は家庭」というふうに、プライベートを大事にする若者が増えてきているという側面があると思います。

──医師だって人間ですから、それは決して責められることではないと思います。その一方で、ハードな現場を避けることが、たとえば脳神経外科や産婦人科といった、特定の診療科における人手不足を招いていたりするのでしょうか?

中村氏:そこにはもう少し複雑な背景があります。たとえば30年ほど前までは、産婦人科というのは人気がありました。なぜなら、まだ子供がたくさん生まれていて今でいう訴訟問題もなかった。逆にたとえば形成外科という科目は、30年前はほとんどありませんでした。要は、診療科選択にもブームがあって、ある先生は現在医師が不足している診療科に行きなさいとおっしゃっています。理由は、そのほうが求人も多く、自分が一人前になってから重宝される可能性が高いから。事実、いまは不人気といわれる産婦人科や小児科を選ぶ人も結構多いのです。だから、忙しい診療科が敬遠されているとは一概には言えなくて、医師もある程度は需要と供給のバランスを見ているんですね。

【次ページ】 恐るべき大学医学部ヒエラルキー

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