小林一三に学ぶ。「賢そうなバカ」にだけはなるな
阪急電鉄、宝塚歌劇団、東宝の創始者である小林一三(いちぞう)は、アイデアが豊富で仕事がよくできることで有名でした。「小林さんも実行されて、他にも勧めたい先人の教えは何ですか」と晩年聞かれたら、次の話をよくしたそうです。
小林一三は、「これは先人からの受け売りの話ですが」という前置きをして、「賢そうなバカ」について、AさんとBさんを引き合いに出して比較をしました。Aさんは、采風もよく、頭がよく、論理的で話もうまく、仕事もできるなかなかの人物。その上、品行もよく、どこへ出しても堂々としている紳士である。出世をする資格を十分備えていると思われているが、案外このタイプで出世しない人が世間には多い。これはどうしてか。
「理由は、『自分』というものを持ち出しすぎて、『縁の下の力持ち』ができないからだ」
と一三は言ったそうです。
「そもそも論であるが、見識の高い意見がまさに見識高いとされる理由は、その意見が実行性を伴い、実際に役に立つ意見だからである。実効性が伴わない意見はいくら聞こえがよくても、絵に描いた餅と同じであり、興味を引くような内容であっても実際の価値はない。本当の名論というのは、実行に移して、それが成果や実利を生むものでなければならない」
と結論付けています。先に述べたようにAさんには何一つ不足はないが、結果的に不遇で重用されないので、友人たちも心配する。Aさんは次のような不平を言う。
「うちの重役は、出来が悪い。Bさんのように何事にもハイハイと盲従するものばかりかわいがるから、器が小さい。私たちのように会社のために堂々と議論する部下は煙たがって遠ざける。このようにバカバカしいので、真面目に仕事をする気にもなれない」
Aさんが言うことは、まったく正論であり、間違いはない。しかし、Aさんの中に1つ問題があると一三は指摘します。
「重役は必ずしも出来がいいとは限らない。頭がよくて賢い人だけが重役であるとは限らない。ラッキーな事情があって重役になっている人もおり、普段からその重役の能力や心理状態をよく観察して知っておく必要がある。Bさんはそのあたりをよく知っているから、単に卑屈になってヘコヘコと『ごもっとも!』とやっているのではない。むしろ、戦略をもって仕事をしている。この意見をいかにして実行させるかを考えている」
と、一三はそこに焦点を当てました。
議論は手段であって、目的ではない
だから、場合によっては、自分の意見であっても、「これは自分の意見です」と自慢気に言わずに、「こういう意見を言う人がいます。このような説があるようですが、本部長のご意見はいかがでしょう」と話の中でこれを紹介し、上司から賛同を得られたら、「なるほど、ごもっともです。本部長のご意見がよいかと私も思います」と穏やかに感心して、上司の自説として実行すればいい。こうして成果を上げる。
そういうことが積み重なって重用されて出世もする。一見、自分の意見を持たないように見える人が、異例の擢抜人事を受けたりして、人々はアッと驚くことになる。こういう人は、そばで見ていると、重役におべんちゃらを言っていると思われるけれども、正しい理屈なので、重役の手柄として実行させる。重役をうまく活用しているともいえるのです。
Aは自説として「議論に勝とう」とするのですが、Bは「議論はどうでもいい」と考え、「議論は手段であって、目的ではない」と割り切っています。要は自分が思うことを実行するのが大切なのであり、自説を高らかに掲げる必要はないという教えです。Aはその才能を人に認めてもらいながらも、会社に長くいられず、いてもいよいよ不平になって不遇になる。そして、結果的に常に意見を持った賢そうな人が落伍する。こういう事例は世にたくさんあると思います。
議論の中心となって、活発に名論を吐き、筋道が通っている。それだけ立派な意見があるのに、意外と組織内で大きな仕事をしていないのは、自分が賢いことを売り物にしているから。これを小林一三は、「賢そうなバカ」と呼びました。いわゆる「縁の下の力持ち」のできる人とできない人の1つの手本だと言いました。
「『賢そうなバカ』は、相手や周りのことをよく知らない。他人のよい点や長所を見ようとする気持ちがなく、自説だけが正しいと鵜呑みにしてしまう。これが行きすぎると、周りは鼻持ちならない人だと思うようになってくる。いかに正論を言う人物でも時には失敗をすることがあり、そんな時に待ってましたとばかりに、周りから足元をすくわれ失脚するのが『賢そうなバカ』」。
小林一三はこう言いました。
「『自分の見識を自慢したがる小人』と、『成果を上げるのが大切で、自分の手柄は二の次とする大人』の違いである」。
一三は、この話をする時に必ず、「お互いに注意したいものである」という注釈を付けたそうです。少なからず、一三も正論を吐きたがる習性があることを自覚していたようです。「縁の下の力持ち」という話は、福沢諭吉の『翁福自伝』にあり、縁の下の力持ちを喜んでするだけの辛抱が必要であると説いています。
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