• 会員限定
  • 2019/09/01 掲載

普通の会社員が「災害対策士」になる時代に 東大発のトレーニングセンター、10月始動

副センター長・沼田宗純 東大准教授 取材

  • icon-mail
  • icon-print
  • icon-hatena
  • icon-line
  • icon-close-snsbtns
記事をお気に入りリストに登録することができます。
本日9月1日は国民が災害への心構えを確認する「防災の日」だが、災害対応の基本知識、基本動作を本格的に学び、実践に役立つ実習ができる日本初の施設が10月、本格始動する。「災害対策トレーニングセンター(DMTC)」だ。同センターの副センター長 沼田宗純 東大准教授は独自取材に対し「巨大災害を前にしたら、日本に住む私たちは『総力戦』で戦うしかありません」と語り、企業の災害対応の担い手になるビジネスパーソンの受講参加に期待を寄せる。

経済ジャーナリスト 寺尾 淳

経済ジャーナリスト 寺尾 淳

経済ジャーナリスト。1959年7月1日生まれ。同志社大学法学部卒。「週刊現代」「NEXT」「FORBES日本版」等の記者を経て、経済・経営に関する執筆活動を続けている。

photo
日本で暮らす1人ひとりが相互に補完しあう災害対策が求められているという
(Photo/Getty Images)



BCPを策定している企業はまだ15%止まり

 災害列島ニッポン。2016年から2018年にかけて、熊本地震、九州北部豪雨、西日本豪雨、北海道胆振東部地震が発生し、大型台風にもたびたび襲われた。令和に入っても6月18日に新潟・山形地震が津波を伴って発生し、九州南部豪雨では7月3日、鹿児島市が全市民約60万人に避難指示を出した。

関連記事
 自然災害での人的・物的被害を最小限にとどめることを目指す災害対策は、全国の都道府県や市区町村に「総合防災計画」があるように、企業には「BCP(Business Continuity Plan/事業継続計画)」がある。

 経済産業省・中小企業庁はBCPを「企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画」と定義し、2006年に「中小企業BCP策定運用指針」を制定した。2012年には全面改定の第2版が制定され、その後もたびたび改定されている。

 BCPに盛り込まれる企業の災害リスクマネジメントをBCM(事業継続マネジメント)といい、2012年に国際標準化機構の国際規格「ISO22301」が、2013年に日本工業規格「JISQ 22301」が制定された。

 そのように東日本大震災の教訓をふまえて直後からBCP、BCMの制度整備が進んでいるが、現状、全国でどれぐらいの数の企業がBCPを策定しているのだろうか?

 MS&ADインターリスク総研が上場企業352社から有効回答を得て2019年2月に結果を発表した「国内上場企業の事業継続マネジメント(BCM)実態調査」によると、2018年8~9月の調査時点で「BCPを策定している」という回答は56.0%だった。上場企業は半数以上がBCPを策定しているになる。東日本大震災の前の2010年度の同調査では29.5%だったが、その後の8年間でその比率は約1.9倍に拡大している。

 しかし、調査対象を上場・非上場を問わず全企業に広げると、BCP策定企業の比率は大きく下がる。帝国データバンクが2016年から毎年調査する「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査」によると、2019年5月実施の最新調査(有効回答数9555社)で「BCPを策定している」という回答は15.0%にとどまった。この数字は2016年以来15.5%、14.3%、14.7%、15.0%で、上昇することなく横ばい状態が続く。

画像
BCPを策定している企業の比率の推移

 2018年度は、上場企業対象の調査の56.0%に対し、非上場企業も含む全体調査では14.7%で、BCPの策定状況に大きな差がついていた。BCPだけが災害対策ではないが、「企業の災害対策は、上場企業では2011年の東日本大震災以来かなり進んでいるが、非上場の中堅・中小企業では遅々として進んでいない」と印象づけるような結果になっている。

 この結果と数値が符合する別の調査結果もある。内閣府が2017年に被災企業を対象に調査した「平成29年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」(有効回答数1078社)によると、「BCP策定・見直し」が「被害を受けた際に有効だった」と回答したのは13.9%だった。帝国データバンク調査の2017年のBCP策定率14.3%に非常に近い。

 全企業に占めるBCP策定率はまだ低いが、策定済みの企業が被災したら、そのほとんどが「BCPは有効だった」と認識したことをこのデータは示す。BCPがなかったらそれがどれだけ有効かわからないが、策定済みの企業のほとんどは「策定してよかった」と思っている。

 またBCP以外に「被害を受けた際に有効だった」のは、回答が多い順番に「備蓄品の購入・買い増し」「災害対応担当責任者決定、災害対策チーム創設」「安否確認や相互連絡のための電子システム導入」「避難訓練の開始・見直し」だった。

画像
被災時に有効だった取組・被災後新たに実施した取組

 被災企業は被災後、52.1%が「備蓄品の購入・買い増し」を実施し、37.3%が「避難訓練の開始・見直し」を行っている。そんなモノやヒトへの直接的な対策だけでなく、「安否確認や相互連絡のための電子システム導入」(35.0%)、「災害対応担当責任者決定、災害対策チーム創設」(28.4%)、「BCP策定・見直し」(27.7%)のようなシステム、組織上の災害対策も上位を占めている。

 これらの災害対策は、緊急用物資の備蓄や従業員の避難訓練、社屋や工場、店舗の耐震化工事、非常用電源や非常用無線電話の確保、保険の加入などに比べて地味で目立たないが、実は非常に重要で、災害発生時、それが人の生死や企業の存廃を左右することさえもある。

 被災後、「初動対応がうまくいって、被害を小さく抑えることができた」と話す企業は十中八九、事前にBCPも含めシステム、組織上の災害対策をきちんと行ってきたところである。被災したら突然、ジャンヌ・ダルクのような強運の英雄が現れて、存亡の危機から救ってくれたわけではない。

専門家が教える、災害対応で必要な「4項目」

 『世界に通じる危機対応 ISO22320:2011(JIS Q 22320)』(林春男、危機対応標準化研究会編著/日本規格協会)によると、災害時の危機対応には次の4つの特徴があるという。

  1. 平常時に比べてあいまいな状況での意思決定を迫られる
  2. 平常時に比べてはるかに仕事量が増える
  3. 平常時に比べて時間的余裕がない
  4. 平常時に比べて世間の評価が厳しい

 このような状況ではリーダーの動きが重要になるが、リーダーがとるべき行動として、たとえば英国のリーダーシップ研究家ジョン・アデア(John Adair)は「状況認識の統一を図る」「活動の目標の共有を図る」「目標達成手段について合意する」「担当者を決定する」の4つを挙げている。

 被災直後の特殊な状況下でこのようなリーダーシップを迅速に、確実に発揮するには、それ相応の準備が必要になる。それがBCPをはじめとするシステム、組織上の災害対策と、災害発生を想定した訓練である。それが不完全であれば、物資備蓄、耐震化工事を実施したとしても初動対応が迅速かつ的確に行えず、出さなくてもいい被害を出してしまう恐れがある。

 では、災害発生時の対応を効果的に行うには何が必要なのだろうか?専門的に研究する東京大学生産技術研究所・都市基盤安全工学国際研究センターの沼田宗純准教授によると、それは次の4点に集約されるという。

  1. 被害を見積もり、その時点で必要な業務を割り出せる災害対応業務プロセスの把握
  2. どんな情報を誰が集めて共有し、どう配信するかという情報の動線設計
  3. 避難場所、仮設の作業所などを決める空間的な機能配置
  4. リーダーが業務のバランスや個人の適性に応じてメンバーを編成し、動かしていくチームビルディング

「何よりも大切なのは心構え、基本知識と基本動作の考え方です。災害に備えて日頃からトレーニングしておくことで、いざという時にすばやく行動に移すことができます」(沼田准教授)

 しかし今まで、その災害対応の基本知識、基本動作を本格的に学び、実践に役立つような実習ができる施設は、日本にはなかった。

【次ページ】「災害対策トレーニングセンター」10月本格始動

関連タグ

関連コンテンツ

あなたの投稿

    PR

    PR

    PR

処理に失敗しました

人気のタグ

投稿したコメントを
削除しますか?

あなたの投稿コメント編集

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

通報

このコメントについて、
問題の詳細をお知らせください。

ビジネス+ITルール違反についてはこちらをご覧ください。

通報

報告が完了しました

コメントを投稿することにより自身の基本情報
本メディアサイトに公開されます

必要な会員情報が不足しています。

必要な会員情報をすべてご登録いただくまでは、以下のサービスがご利用いただけません。

  • 記事閲覧数の制限なし

  • [お気に入り]ボタンでの記事取り置き

  • タグフォロー

  • おすすめコンテンツの表示

詳細情報を入力して
会員限定機能を使いこなしましょう!

詳細はこちら 詳細情報の入力へ進む
報告が完了しました

」さんのブロックを解除しますか?

ブロックを解除するとお互いにフォローすることができるようになります。

ブロック

さんはあなたをフォローしたりあなたのコメントにいいねできなくなります。また、さんからの通知は表示されなくなります。

さんをブロックしますか?

ブロック

ブロックが完了しました

ブロック解除

ブロック解除が完了しました

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

ユーザーをフォローすることにより自身の基本情報
お相手に公開されます