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  • 2020/01/16 掲載

中古不動産市場でなぜ「免震レトロフィット工法」が再注目されるのか

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現在、東京にも耐震性が不十分なビルやマンションがまだ何千棟も残されている。こうした中、政府が掲げる「耐震化率100%」を目指すための建設技術として改めて注目されそうなのが「免震レトロフィット工法(構法)」だ。外観を損なわず、工期が短く「居ながら工事」が可能なので、主に歴史的な建物や公共施設の耐震化で活躍している。そのメリットを生かせば今後、中小の商業ビルやマンションでも活用される可能性がある。

経済ジャーナリスト 寺尾 淳

経済ジャーナリスト 寺尾 淳

経済ジャーナリスト。1959年7月1日生まれ。同志社大学法学部卒。「週刊現代」「NEXT」「FORBES日本版」等の記者を経て、経済・経営に関する執筆活動を続けている。

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免震レトロフィット工法が日本で初めて採用された「国立西洋美術館本館」(東京・上野)。工期は1996~1998年。なぜ今改めて「免震レトロフィット工法」が注目されるのか?
(写真:椿雅人/アフロ)

政府目標は2020年に住宅、建築物ともに耐震化率95%

 2019年12月20日、令和2年度予算政府案が閣議決定された。一般会計歳出総額は102兆6,580億円で過去最大。そのうち、国土強靱化関係予算は4兆574億円(公共事業関係費は3兆4,535億円)で、前年度比約3%増。それと別に臨時・特別措置の「防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策」分の1兆1,432億円(公共事業関係費は7,902億円)が計上されている。緊急対策の予算総額は3カ年で3兆6,809億円にのぼる。

 国土強靱化関係予算は、2018年12月に閣議決定された「国土強靱化基本計画」に基づいている。そこには政策目標の「ベンチマーク指標」(ハード施策34指標、ソフト施策25指標)が設定されているが、ハードの最初に挙げられるのが「住宅の耐震化率」と「建築物の耐震化率」(国土交通省所管)である。

 耐震性のある建物が全体に占める比率を「耐震化率」という。国土交通省ホームページの「住宅・建築物の耐震化について」によると、阪神・淡路大震災や東日本大震災を経て住宅も建築物(多数の者が利用する建築物)もその耐震化率は右肩上がりで伸び、2013年は住宅82%、建築物85%になった。

 政府の政策目標は、2020年に住宅も建築物も耐震化率95%を達成し、住宅については2025年、耐震性を有しない住宅ストックを「おおむね解消」させるというものだ。

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耐震化率の進捗状況と政府目標
(出典:国土交通省ホームページ「住宅・建築物の耐震化について」)

 2003年には「耐震性なし」の住宅は1150万戸、建築物は9万棟で、ともに全体の約25%あったが、東日本大震災を経た10年後の2013年には住宅は900万戸(約18%)、建築物は6万棟(約15%)まで減った。それを2020年、住宅250万戸(約5%)、建築物2万棟(約5%)に減らし、住宅は2025年までにゼロにすることが政府目標である。

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「耐震性なし」の戸数、棟数の推移と政府目標
(出典:国土交通省ホームページ「住宅・建築物の耐震化について」)


超高層ビルの陰で、老朽化した中小ビルがひしめく東京

 とはいえ、コンクリートジャングルの大都会は、耐震性が十分でないビルが何千棟も残されている。

 ザイマックス不動産総合研究所のレポート「東京23区オフィスピラミッド2019」によると、東京23区内の延床面積5000坪以上の大規模ビルの18%(138棟)は建築時、1981年6月の建築基準法改正前の旧耐震基準が適用されていた(注1)。

注1:1981年以前築でも、改正後の新耐震基準もクリアしている建築物は存在する。

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東京23区のビルの築年数 大規模ビル
(出典:ザイマックス不動産総合研究所「東京23区オフィスピラミッド2019」)

 それでも大規模ビルは建て替えが進み、1981年以前築のビルは2000年の201棟(40%)と比べ、棟数で31.3%減っている。

 問題は、延床面積300坪以上5000坪未満の中小規模ビルだ。旧耐震基準が適用されていた1981年以前築は2000年が35%(2902棟)、2019年が26%(2220棟)で、棟数では23.5%減ったものの、東京23区内に依然として2000棟以上が残されている。

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東京23区のビルの築年数 中小規模ビル
(出典:ザイマックス不動産総合研究所「東京23区オフィスピラミッド2019」)

 中小規模ビルは、コストを捻出できない、権利関係が複雑、建ぺい率など建築基準法上や都市計画法上の制約があるといった理由で建て替えがなかなか行われないために、老朽化したビルが長く残りやすい。

 2000年と2019年を比較すると、「築20年以上」の比率は大規模ビルでは38%から55%へ17ポイント上昇したのに対し、中小規模ビルでは33%から87%へ、54ポイントも上昇している。1987~1992年頃の「平成バブル経済」の時代に建てられたものが多いが、「昭和築のビル」もまだまだ現役だ。

 たとえば東京駅の丸の内側と八重洲側、新宿の都庁周辺と新宿三丁目方面を見比べるとわかるように、現在の東京は、ランドマークになるような大規模ビルはより新しく、高く、大きく進化している。その一方で、市街地に老朽化した中小ビルがひしめく状況にあまり変化がない。

 令和と昭和が同居する都市の風景を面白がる人もいるが、「首都直下型地震が来る」とささやかれる中、防災上このままで良いとは言えない。

 建て替えが難しいのであれば、せめて旧耐震基準で建てられた古いビルは耐震化工事を実施して「強靱化」を図り、人命と財産を守るようにしたい。将来の「耐震化率100%達成」を目指す政府や自治体はそれを重要な政策課題と考え、「耐震改修促進法」の助成金のような支援策を講じている。


「免震レトロフィット工法」とは?

 国土交通省がホームページで、ビルの耐震化(免震改修)で紹介しているのが「免震レトロフィット工法(構法)」である。

 神戸市を中心にビルに大きな被害を出した都市直下型地震、阪神・淡路大震災(1995年)の教訓をふまえ、1996年から1998年まで行われた「国立西洋美術館本館」(東京・上野)の耐震改修工事で、日本で初めて採用された。この建物は、20世紀を代表する建築家ル・コルビュジエ設計のデザインの文化的価値が評価され、2016年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録されている。

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免震建物とは
(出典:国土交通省「コレって何? 免震レトロフィット」)
 「レトロフィット(Retrofit)」は「Retroactive refit」の略で、本来の意味は機械などを取り替えるのではなく、旧型を改装・改造して新型同様にすること。

 レトロフィット工法は、簡単に言えば、まず既存の建物(躯体)全体を巨大なジャッキで持ち上げて浮かし、柱や基礎を切り離し、建物の底または中間にゴム製の免震装置をはさみ込んで元に戻す。免震装置はゴムを鋼板で補強した積層ゴムがよく用いられる。

 もし大きな地震が起こっても、そのエネルギーは柔軟性のある免震装置で受け止められ、吸収されるため、建物の揺れは小さく、ゆっくりになる。建物は激しい揺れによる破壊から守られ、地震に対する安全性が確保される。

【次ページ】免震レトロフィット工法のメリットとは? 耐震化はマンションの資産価値を左右する

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