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  • 2020/10/16

AIの基礎を作った天才、「アラン・チューリング」と「ジョン・フォン・ノイマン」とは

連載:図でわかる3分間AIキソ講座

第1次人工知能(AI)ブームを巻き起こしたダートマス会議には、マービン・ミンスキーやジョン・マッカーシーらのAI研究を牽引する研究者が参加してしました。しかし、AIブームが始まる以前からAI研究に貢献していた偉人がいます。どんな情報科学の教科書にも必ず乗っている2人の人物。それは「アラン・チューリング」と「ジョン・フォン・ノイマン」です。

フリーライター 三津村直貴

フリーライター 三津村直貴

合同会社Noteip代表。ライター。米国の大学でコンピューターサイエンスを専攻し、卒業後は国内の一部上場企業でIT関連製品の企画・マーケティングなどに従事。退職後はライターとして書籍や記事の執筆、WEBコンテンツの制作に関わっている。人工知能の他に科学・IT・軍事・医療関連のトピックを扱っており、研究機関・大学における研究支援活動も行っている。著書『近未来のコア・テクノロジー(翔泳社)』『図解これだけは知っておきたいAIビジネス入門(成美堂)』、執筆協力『マンガでわかる人工知能(池田書店)』など。

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どんな情報科学の教科書にも必ず乗っている「アラン・チューリング」と「ジョン・フォン・ノイマン」の功績を解説する(写真は「アラン・チューリング」)
(Photo/akg-images/アフロ)
 


悲劇の天才、アラン・チューリングの人生

 人工知能(AI)という単語はダートマス会議で提案されたものですが「AIの概念」を最初に考案したのは誰かと問われれば、その答えはアラン・チューリングになるでしょう。

 彼はチューリング・マシンと呼ばれるコンピュータの原型となる理論を作り出した人物で、プログラムの基本原理を最初に考案した人物と言っても過言ではありません。また、「人工知能」という言葉が登場する前から、チューリング・テストに代表される知的な機械についての理論を提唱し、AI研究の道筋を作り上げた人物でもあります。

 彼の業績は数学界において傑出したものですが、その功績の多くが死後評価されたものです。彼はどんな人生を送ってきたのでしょうか。

 チューリングは1912年、イギリスで生まれました。幼い頃から数学に関する才能を発揮し、22歳で大学の研究員となり、翌年にはチューリング・マシンの論文を発表します。コンピュータすら存在しない時代に、この論文によってコンピュータの可能性を示したのです。

 そして第二次世界大戦が始まるとイギリス軍の暗号解読チームに入り、解読不可能とされた暗号機エニグマの暗号解読に成功します。戦後、世界初のコンピュータが登場する頃になると彼は知的な機械(チューリング・テスト)についての論文を書き、手書きのプログラムを自分で計算する形で人間とチェスで対戦していました。

 しかし、彼を悲劇が襲います。同性愛が禁じられていた当時のイギリスで、同性愛者であったチューリングは有罪判決を受けて社会的な立場を失うと、矯正治療のために当時効果があると考えられていた女性ホルモンの服用を余儀なくされ41歳の若さで自殺します。

 非業の死をとげたチューリングですが、前述のコンピュータ関連の論文が死後になって評価され1966年には彼の名にちなみ、コンピュータ界のノーベル賞とも呼ばれる「チューリング賞」が作られました。

 さらに、21世紀になると戦時の機密情報が開示されエニグマの暗号解読に貢献したことが明らかになり、同性愛に関する社会の価値観が変わると、彼の名誉回復の運動が起こり、国から公式に恩赦が与えられることとなりました。そして近年イギリスの新50ポンド紙幣に採用されることが決まり、2021年から市場に流通します。

 いまでこそコンピュータ界の偉人として歴史に名を残した彼ですが、そうした成果を挙げたのは研究員になってからわずか15年という短い期間の話です。彼があと10年でも20年でも長生きしていたら、AI技術はもっと違った発展を見せていたのかもしれません。

【次ページ】17歳で3つの大学に通う頭脳を持つジョン・フォン・ノイマン

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