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  • 2017/04/13 掲載

なぜロケット・インターネットがドイツ ベルリンで生まれたのか 篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(85)

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ベルリンの壁が崩壊してから27年が経過した。旧共産主義圏に属していた当時の東ベルリンは経済が疲弊していたが、現在はスタートアップ企業の新ビジネスで活気づいている。その原動力はクリエーターをはじめとする新進気鋭の人材流入だ。冷戦下に「壁の建設」で人々の交流が分断された不幸な歴史をもつベルリンが、なぜ「スタートアップ企業の聖地」となったのか。その要因を現地で探った。

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
■研究室のホームページはこちら■

インフォメーション・エコノミー: 情報化する経済社会の全体像
・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日

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東西ドイツを分断していたベルリンの壁を使ったアート
(写真:筆者撮影)


ベンチャービジネスで賑わうベルリン

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 3月下旬にドイツの首都ベルリンを訪れた。ドイツの主要産業といえば、自動車や重電などの製造業が思い浮かぶ。数年前からは、IoTに象徴される情報技術とモノの連携による「インダストリー4.0」が強力に推進されている。

 ドイツ経済の中心地は、ミュンヘンやフランクフルトといった旧西ドイツの主要都市で、ベルリンはこうした産業の集積地というわけではない。だが、近年はロンドン、ストックホルム、パリと並ぶ「欧州スタートアップ企業の聖地」として、脚光を浴びている。

 ベルリンを本拠地とする有力新興企業のひとつは、ベンチャーキャピタル(VC)のロケット・インターネットだ。2014年にIPO(新規株式公開)を行い、米国と中国以外の全世界を舞台に、食品、日用雑貨、ファッション、旅行等のネット通販事業へ積極的な投資を行っている。

 世界のVCが集中する米国市場や中国市場での競争をあえて避け、他の市場へ先回りして収益機会を狙う独自の戦略だ。同社が投資したファッション通販サイトのザランド(Zalando)も本社はベルリンで、今や欧州を代表する存在だ。

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 自動運転技術に関心を寄せるドイツの大手自動車会社(BMW、アウディ、ダイムラー)がノキアから買収した位置情報サービスのヒアも本社はベルリンで、この他にも、個性的な強みを持つ北欧の有望なスタートアップ企業などが、まるで吸い寄せられるようにベルリンに集まって来ている。

東西に分断されたベルリンの歴史

 ドイツは、第二次世界大戦後に国土が東西に分断され、東側はソ連を盟主とする旧共産主義経済圏のドイツ民主共和国(東ドイツ)、西側は米・英・仏を中核とする市場経済圏のドイツ連邦共和国(西ドイツ)となった。

 プロイセン王国時代から首都として栄えたベルリンは、面積が892平方キロメートルで東京23区(621平方キロメートル)より一回り大きく、地理的には旧東ドイツ側に位置する。だが、首都としての重要性から、東側(403平方キロメートル)をソ連が、西側(480平方キロメートル)を米、英、仏が共同でそれぞれ統治した。

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東西ドイツと東西ベルリン
(出典:ドイツ総領事館ホームページより転載(©ドイツ総領事館))

 つまり、国土と首都が2重に分断され、西ベルリンは、旧共産圏に浮かぶ市場経済の孤島という状態になったのだ。日本に喩えると、東日本に位置する東京23区の中で、練馬区、杉並区、中野区、世田谷区、目黒区などは西日本に属するという歪な姿だ。

 とはいえ、1950年代までは「国境」を越えた人の往来は比較的自由で、旧共産圏の東ドイツ住民も、まず東ベルリンに行き、そこから西ベルリンに移動すれば、市場経済圏の西ドイツ各地へ向かうことが可能だった。

 ところが、東西の経済格差が広がるにつれて、豊かさを求めて東ベルリンから西ベルリンへの一方的な移動が強まり、優秀な人材の流出が東ドイツの経済にとって大きな懸念材料となりはじめた。

 そこで、東ドイツ政府は1961年8月13日未明、東西ベルリンをつなぐ道路を遮断し、有刺鉄線による「壁」を建設するという強硬策に出た。それ以降、東西間の移動は厳しく制限されることになった。

 この「壁」は徐々に強化されていく。脱走者を監視する施設も築かれ、1975年には西ベルリン地区をぐるりと2重に囲む総延長155キロメートルのコンクリート壁が完成した。それでも、自由と豊かさを求めて西側へ脱出を試みる人は後を絶たず、多くの命が奪われる悲劇をもたらした。

 冷戦が終結し、この壁が崩壊したのは1989年11月のことだ。旧共産圏の計画経済が行き詰まる中、東欧諸国で民主化を求める動きが加速、東ドイツ政府による国外旅行の条件緩和声明が放送された直後、殺到した市民の手によって破壊が始まった。

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チェックポイント・チャーリー(東西境界線上に置かれていた国境検問所)跡地
(写真:筆者撮影)


なぜベルリンなのか、現地で感じた3つの理由

 筆者もこの様子を伝える報道の映像にくぎ付けとなったことを覚えている。ベルリンが経験したこの歴史を「経済活動と人材移動」の観点で捉えなおすと、次のポイントが浮かび上がる。

 第一に、人は豊かさを求めて移動を試みようとすること、第二に、経済が好調な社会は外部の人材を引き寄せること、第三に、経済の低迷は人材の流出を惹起することの三点だ。

 これは、優秀な人材を引き寄せるには、経済活力を高めなければならないことを示していると同時に、経済活力を高めるには、優秀な人材の呼び込みが欠かせないことを意味している。

 壁の崩壊から約四半世紀を経た今日、人材の流出が続いた旧東ベルリン地区には、才気あふれるクリエイティブな人材が流入し、スタートアップ企業の活動が盛んになっている。なぜベルリンなのか、現地で得た感触では次のとおりだ。

 第一に、歴史的に文化が栄えた街であったこと、第二に、高学歴の人材が豊富なこと、第三に、地理的に欧州の中心に位置していること、第四に、物価水準が低く生活費の負担が相対的に軽いことなど、情報社会で魅力的な要因だ。

 15世紀初頭にフリードリヒ1世がブランデンブルク選帝侯となって以来、プロイセン王国、ドイツ帝国、ワイマール帝国など今日に至るまで、ドイツの首都として栄えたベルリンは、常に文化と知の街であり続けた。

 ベルリンとその周辺地域には、1810年に設立されたフンボルト大学をはじめ多くの高等教育機関や研究機関が集積しており、現在も知性と教養を身につけた高学歴の人材が豊富だ。

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旧東ドイツにあったフンボルト大学
(写真:筆者撮影)


 歴史、文化、芸術、学問の香りが豊かなベルリンは、「流行に敏感な街」として市の観光局も積極的にアピールしている。こうした情報発信や政策の後押しもあり、芸術、音楽、食事など満喫し豊かな生活を送る街として若い人材を惹きつけている。

 地理的にも、欧州のほぼ中心に位置する好立地の条件を備えており、欧州各国の主要都市を約1~2時間のフライトでカバーできる。また、地下鉄、鉄道、路面電車などベルリン市内の交通インフラも行き届いており、空港へのアクセスは30分程度と利便性は抜群だ。

【次ページ】ドイツ社会の保守的一面とどう折り合いをつけるか

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