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- 2024/04/16 掲載
【単独】京大・西村氏が警鐘を鳴らす「科学力の大低迷」、根本原因の「1人PI」とは?
連載:基礎科学者に聞く、研究の本質とイノベーション
前編はこちら(この記事は後編です)
農業が変わる?「光合成の能力」が上がる仕組みを発見
西村 いくこ氏(以下、西村氏):社会課題の解決は難しいですよね。私自身は、基礎研究と応用研究という分け方をあまり意識してきませんでした。もちろん皆さまのお役に立ちたい気持ちはありますが、研究そのもののことばかり考えてきたというのが正直なところです。その中で社会問題の解決に近い研究があるとすれば、農業分野への貢献でしょう。人口増加に伴い、「地球はすべての人々を食べさせていけるか」という食糧問題は以前から気になっていました。
ここで見つけたのが、光合成の能力を上げる仕組みです。
当時、液胞タンパク質の細胞内での輸送の研究をしていたのですが、多くの成果が酵母の研究の後追いになるような気がしていました。そこで、単細胞の酵母にはないもの、すなわち、多細胞ならではの研究を行うことにしました。具体的には、細胞内で完結せずに細胞外に放出されて近隣細胞に働きかける因子を見つけようということになりました。そのとき発見したのが、「ストマジェン」と命名した新しい植物のペプチド・ホルモンでした。
ストマジェンは、植物の葉の内側の細胞で合成・放出され、外側の表皮に分布する気孔の密度を増大させます。気孔は、私たちの「口」のような形をした小さな孔で、大気中の二酸化炭素の取り込みや水分の蒸散などの大事な働きをしています。
農学部から来てくれたメンバーにも協力してもらい、ストマジェンの過剰発現で気孔密度を増やすと、二酸化炭素の取り込み量が増えて、光合成の能力が上がることが確認できました。また、逆に、ストマジェンの働きを抑えた植物は、水分の放出量が減少するため乾燥に強くなりました。このように、モデル植物は理論どおりの挙動を示してくれました。
しかし、長年にわたり人の手で改良されてきた農作物は、理学畑で育った私たちにとって手ごわいものでした。気孔を増やすとバイオマス資源の増大に、そして、気孔を減らすと乾燥耐性作物の作出につながるかもしれないと思っていますが、今は研究が中断しています。
将来は「虫をよせ付けない」農作物ができる?
西村氏:もう1つ農作物生産に役立つと考えられるのが虫害対策です。ここでの主役は、前編でもご紹介した、小胞体から形成される細胞内小器官として発見したERボディです。アブラナ科植物に特異的なERボディは、グルコシダーゼという酵素を大量に蓄積しています。これが何をしているかと言うと、虫が葉をかじると、細胞が破壊されて、ERボディのグルコシダーゼが、液胞に貯められていた化合物(グルコシノレート)に作用して、揮発性の忌避物質を生産・放出するというものです。虫は、この臭いで逃げていきます。
ERボディをもたない植物にERボディを形成させる方法も見つけました。最近は、ゲノム編集も可能になったので、さまざまな作物への応用も可能だと思います。こういう研究が社会課題解決につながりそうですが、もっと社会と基礎科学の連携を深めていかなければなりませんね。また、大学では、学部間の壁をなくすことがとても重要だと思っています。 【次ページ】日本の科学力低迷を招いた「1人PI研究室」とは?
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