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- 2025/01/17 掲載
知られざる「生物の神秘」、東大・三浦正幸教授に聞いた「細胞死」という謎現象
連載:基礎科学者に聞く、研究の本質とイノベーション
公益財団法人 大隅基礎科学創成財団 は、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典(理事長)が2017年、科学賞の賞金1億円を拠出し、日本の基礎科学振興を目的に設立した。
<財団の活動>
・現在の研究費のシステムでは支援がなされにくい独創的な研究や、すぐに役に立つことを謳えない地道な研究を進める基礎科学者の助成
・企業経営者・研究者、大学等研究者との勉強会・交流会の開催
・市民及び学生を対象とした基礎科学の普及啓発活動
本シリーズの特設ページ:https://www.ofsf.or.jp/SBC/2310.html
削って形をつくる「細胞死」の不思議
──(大隅基礎科学創成財団 理事 野間 彰氏)まずは三浦さんの研究内容について、紹介をお願いします。三浦 正幸氏(以下、三浦氏):私の研究領域は、発生生物学と言われるものです。どのようにして受精卵から動物の頭や四肢、脳や心臓などが形成されるのか、といった内容を追究しています。
受精卵と同じ遺伝子型の細胞が分裂を繰り返して増殖しますが、そのうち細胞が移動したり、さまざまな種類の細胞が生み出されて体が形成されるダイナミックな生命現象が発生です。生まれてからは、体は成長して老化していきます。生後に時間と共に体が変化してく過程も発生と似たところがあると考えて研究を進めています。
──そうした研究テーマの1つでありこれまで多くの発見をされているのが今回のテーマでもある「プログラム細胞死」ですが、そもそもこれはどのようなものなのか簡単に教えてください。
三浦氏:“プログラムされた細胞死”は「アポトーシス(apoptosis=apo+ptosis=離れて落ちる)」とも呼ばれていています。これは落葉を指しており、木々が四季の巡りの中で生々流転する中で観察されます。体がつくられていくときに、細胞が増えてから神経や筋肉など特定の役割を持つ細胞がつくられるというのは皆さんイメージできると思いますが、体では細胞が増えると同時に多くの細胞が死んでいくという現象があるんです。

たとえば、よく発生生物学の教科書にも出てくる鶏の足の形成について。鶏の足がつくられていく過程で、始めは団扇(うちわ)のような足指の分岐がない姿をしていますが、徐々に指と指の隙間が削られていって、後に誰もが知る鶏の足が完成します。これがプログラム細胞死の1つの典型例です。
このように生き物って、1つの構造物がつくられていくときに、まずはつくってから後で不要な箇所を削っていく、ということをよくやるんですよ。その方が恐らくうまく調整もできて、より良い構造物ができるという仕組みではないかなと考えています。
別の例として、生物の1つの構造物である脳がつくられる際も、かなり多くの細胞死が起きます。アポトーシス(細胞死)不全となれば、神経管の閉鎖がうまくいかず、脳室も拡張されずに脳形態の異常を引き起こします。発生での体つくりは決まったスケジュールで次々に進行します。アポトーシス不全で神経管閉鎖が少し遅れることが、発生の緻密なプログラムを乱してしまうのです。
細胞が増えるだけでなく、いいタイミングで死ぬことが大事なのです。体が作られるために細胞が死んでいく。とても興味深いですよね。失われる細胞は何か積極的に周りに働きかける役割があるんじゃないかな、ということでいまも研究をしています。 【次ページ】世界初、哺乳類で「細胞死」観察
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