- 2025/07/27 掲載
好きでもないのになぜほしくなる? 悪用厳禁な商品設計とは
専門は「神経美学」。慶應義塾大学大学院心理学専攻を修了後、ウィーン大学心理学部研究員・客員講師、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ生命科学部上級研究員などを経て現職。アートや広告、映画など、人の心を揺さぶる表現や体験を脳科学の手法を用いて分析し、「なぜ人は涙を流すのか」「なぜほしくなるのか」といった、感情のメカニズムを明らかにしてきた。脳の働きと心の動きをつなぐ研究は、マーケティングや商品開発の現場から注目を集めている。著書は『神経美学 美と芸術の脳科学』(共立出版)など。
人の「ほしい」を引き出していた2つの組み合わせ
ホラー映画が観たくなる理由は、安全な状態で、強い刺激と自己効力感を得られるから。この2つの組み合わせが、私たちの「観たい」「ほしい」を引き出していたのです。
実はこれは、ホラーに限った話ではありません。
むしろ人が「ほしい」と感じるときの基本構造だと言えます。
なぜなら人は、モノそのものを欲しているのではなく、それを通して得られる快感を求めているからです。
ここからは、脳科学の知見をもとに、「ほしい」という感情自体がどのように生まれるのかを紐解いていきます。
人はどんなときに、何を「ほしい」と感じるのか。
それがわかれば、どうすれば「ほしい」を引き出せるか、その感覚が自然とつかめてくるはずです。
強力な「駆り立てる力」を持っている脳の部位
アート作品を鑑賞して、「美しいな」「素敵だな」と思ったことがある人は多いと思います。でもその瞬間、「家に持ち帰りたい」とまで思うことは少ないのではないでしょうか。一方で、食べ物やゲーム、SNS、ホラー映画──こうした体験には、「手に入れたい」や「試したい」、「摂取したい」、そんな駆り立てられるような感情が宿ることがあります。
この違いは一体、どこから来るのでしょうか?
それは、「好き」と「ほしい」の違いです。「好き」と「ほしい」を同じようなものだと思っている人が多いかもしれませんが、実はこの2つはまったく別物です。
これは、脳科学ではすでにある程度の説明がついています。
ミシガン大学のケント・ベリッジとオックスフォード大学のモートン・クリングルバッハは、人間の脳が「好き」と「ほしい」を別のシステムで処理していることを示しました。
たとえばアートを鑑賞して「美しい」と感じたとき、脳の中では「眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)」という部位が活発に働くことがわかっています。
ここは意義や価値、美しさなどに対してより強く反応します。
芸術的な美しさもこの脳部位を活動させます。
このとき、「好き」という「心地よく満たされる感覚」を生み出しますが、それは所有したくなるような強い衝動にはつながりにくいのです。
たしかに美術館に行って美しい絵画を鑑賞したとき、「この絵を買って帰らないと、今夜は眠れない!」というような強い衝動に突き動かされることはなく、美術館の売店で図録を買い求めるくらいで満足することが多いようです。
それに対して、「ほしい」という感情は、より進化的に古い部位である「側坐核(そくざかく)」が比較的強く活動します。
側坐核は、食欲、ギャンブル、SNSなど、即時的な報酬や衝動的な欲求に深く関わっており、強力な「駆り立てる力」を持っています。
食欲やギャンブル、SNSの「もっと!」という衝動的欲求はここが駆動しており、依存行動や麻薬乱用などまでいくと、この機能が暴走していると考えられています。
「好き」は静かに満たされる感情であり、「ほしい」は人を駆り立てる感情だということです。
さらに言えば、「好き」はあくまで意味や美しさに対する反応ですが、「ほしい」は「自分の中に取り込みたい」という欲求そのものです。
これが「繰り返しほしくなる感情」の核心なのです。
「好き」と「ほしい」は、本来別の感情ですが、多くの場合、この2つは重なっています。つまり、「好きだから、ほしくなる」。 この組み合わせは、人が繰り返し求めてしまう感情の、最も強いパターンです。
たとえばラブコメ。展開が読めていたとしても観たくなる。あの甘酸っぱさややきもきする感じがやっぱり好きで、つい読んでしまう。
ハンバーガーもそうです。一度食べれば味はだいたいわかっているのに、ふとしたときに無性に食べたくなる。
ほかにもたくさんの例が挙げられそうですが、「好き」で「ほしい」という2つの感情がそろっているとき、当たり前ですが、人は自然とその体験を求めます。 【次ページ】「ほしい」という感情の正体は…
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