- 2026/03/15 掲載
「違和感スルーする人」はセンス磨けない…看板1つ、言葉1つの引っかかりが生む気づき(3/3)
『チ。』『ブルーピリオド』…漫画でも自分を磨ける
日常の中だけでなく、物語の中で「誰かが知覚した瞬間」を見つけることも、自分の知覚を鍛えるための非常に有効な方法です。登場人物の“気づきの瞬間”を追体験することで、自分の中にある感覚の解像度が上がっていきます。
私は、漫画が好きなので、漫画の中の“気づきの瞬間”を見つけてみました。
たとえば、『チ。─地球の運動について─』(魚豊・小学館)では、神の教えが絶対だった時代に、ある学者が「地球が太陽の周りを回っている」ことを“感じ取る”瞬間が描かれます。
それは、理論というよりも「知覚」です。
見えているはずの世界を、別の構造で再認識する──。
まさに“センスが生まれる瞬間”といえるでしょう。
彼らが空を見上げながら、「これは違う」と直感する瞬間、世界の見え方が一瞬でひっくり返ります。
この“見え方の反転”こそが、知覚を磨く最も強烈な体験です。
同じように、『ブルーピリオド』(山口つばさ・講談社)でも、主人公・矢口八虎が放課後の美術室で、1枚の絵の前で先輩に「(早朝の)渋谷なんだけど その……静かで青いんすよ」と話し、先輩から「あなたが青く見えるなら りんごもうさぎの体も青くていいんだよ」と言われ、覚醒するシーンがあります。
この瞬間、彼は世界の「見え方」が変わり、“美とは何か”を「頭で理解する」のではなく「体で感じ取る」ことを学びます。
このように、他者の“知覚の瞬間”を読むことで、自分の中の「感性の座標」が少しずつ動き始めるのです。
■「知覚」は、再現できる
つまり、「知覚する」という行為は偶然のひらめきではなく、観察と想像を通して“再現可能な体験”なのです。
日常の中で「なぜこれが心に残ったのか」「なぜこの場面で息をのんだのか」と自分に問いかけること。
そして物語の中で登場人物が“何に気づいたのか”を意識して読むこと。
それだけで、感覚の解像度が少しずつ上がっていきます。
知覚とは、特別な才能ではなく「意識の習慣」です。
誰かの知覚を追体験し、世界の見方を増やすこと。
それを繰り返していくうちに、あなた自身の“センスの地図”が広がっていくのです。
自分の“当たり前”を疑うことに学びがある
そして、その種は、最初はとても小さく、誰にも見向きもされないものかもしれません。
しかし、それを丁寧に拾い集め、日々の中で育てていくことで、やがて大きな「表現」へと実を結びます。
つまり、センスとは“選ばれた人が持つ特権”ではなく、“世界に対してどれだけ目を開いているか”で決まる力。
世界をただ見るのではなく、感じ、比較し、考える。
その繰り返しの中で、私たちの「知覚」は少しずつ洗練されていくのです。
■ 結論:世界をありのままに見るとは、自分を見直すこと
「世界をありのままに見る」ということは、自分の“当たり前”を一度疑ってみるということです。
他人との違いを怖がらず、むしろ「そこに学びがある」と思えるかどうか。
センスとは、特別なひらめきではなく、世界と自分の間にある“ズレ”を楽しむ感覚です。
この「知覚の姿勢」さえ持てば、誰でも、今日からセンスの種を拾い始めることができます。
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