- 2026/09/02 06:40 掲載
なぜ優秀な人ほどAI時代に脱落? 米マイクロソフト現役が説く“才能を超える武器”(2/4)
「部下としてのAI」をマネージする新しい役割
牛尾氏の著書のタイトルにもなっている「部下としてのAI」という表現は、単なるキャッチコピーではない。AIエージェントとの関係性を言い表した、氏の実感から生まれた言葉だ。エージェントは、東大卒の優秀な新入社員に似ている──牛尾氏のメンターが語った言葉が、この比喩の核心を突いている。知識は膨大で処理能力も高い。しかし業務経験はなく、社内の文脈や暗黙知は持っていない。そしてときに嘘をつく。しかも、分からないように嘘をつく。こうした存在をいかにマネージするかが、エンジニアの新しい役割だ。
「僕らはもはやエージェントのマネージャーだよねと同僚と語っています。自分より優秀な東大卒のすごい人が来たけど、業務の経験はないし、ドメイン知識はない状態をイメージしてください。非常に優秀だけどたまに嘘もつくと。そういう人をいかにマネジメントするかという技術に変わってきていると思います」(牛尾氏)
エンジニアに求められる役割の変化は、組織の構造にも波及している。牛尾氏のチームでは今、エンジニアがコーディング以外の領域にも手を伸ばすよう求められている。マーケティング的な視点でのプロダクト検討、ユーザーが何を求めているかの洞察、プロトタイプの迅速な作成──かつてはプロダクトマネージャー(PM)が担っていた役割の一部を、エンジニアが担い始めている。
組織のトップから「大谷翔平のように投げながら打ってくれ」という比喩で表現されたこの変化は、すべてのロールの境界線が溶けていく時代の象徴だ。
PMの数が減ったわけではなく、1人のPMが担当するプロダクトの範囲が広がり、一方でエンジニアが従来のPMの領域を部分的に担う。逆にPMもプログラミングができるようになり、簡単なプロトタイプを自分で作れるようになっている。「両方からこう近づいてる雰囲気」と牛尾氏が表現するように、職種の壁は低くなっている。
牛尾氏自身も、こうした変化に最初はとまどい、抵抗感を覚えた。「自分でコードを書く」ことにこそエンジニアリングの喜びがあると信じていた氏にとって、AIに書かせてプロンプトで指示するだけの仕事にパッションを持てるか、という問いは深刻だった。
しかしやってみると、意外な発見があった。エージェントをうまく制御するためには、アーキテクチャーの知識も、コードの品質を見極める目も、システムの設計思想の理解も、すべて必要だった。「ただレイヤーが上がっただけ」という感覚が生まれ、新しいエンジニアリングの形として受け入れられるようになった。
さらに、ADHD(注意欠如・多動症)という特性を持つ牛尾氏にとって、細かい実装作業を苦手とする一方でアイデアを次々と生み出す自分の強みが、エージェントとの組み合わせで初めて本領を発揮できるようになったという側面もある。
「生成AIはADHDにとっては最高です。細かいこと苦手な分野だったけれど、エージェントに指示を出せば、わずか1日でそれをPRしてくれたりします」(牛尾氏)
週末2日間でプロダクションレベルのシステムのプロトタイプを完成させ、CIとCDのパイプライン(自動化されたビルドとデプロイの仕組み)まで整えられる環境は、数年前には考えられなかった。思いついたことをすぐに形にできるという体験は、プログラミングを愛してきた人間にとって、新たな種類の喜びだ。 【次ページ】若手エンジニアが今から積み上げるべき「エージェント時代の筋肉」
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