- 2012/07/24 掲載
【生貝直人氏インタビュー】情報社会でいかにルールを作るのか──共同規制、プライバシー、クリエイティブ・コモンズ(2/2)
ネットでの著作権の柔軟な保護と共有・再利用のために
──生貝さんは研究者であるとともに、特定非営利活動法人であるクリエイティブ・コモンズ・ジャパンの理事でもあります。このクリエイティブ・コモンズの活動についても少しお教えいただけますか?生貝氏■クリエイティブ・コモンズは、インターネット上での著作権の柔軟な保護と、共有・再利用の促進を実現するための著作権ライセンス枠組を提供する国際的なNGOで、2001年に発足して以来すでに50以上の国や地域で活動を行っています。
クリエイティブ・コモンズの提供するライセンスは、著作物の再利用の条件を「表示(著作権者の名前を表示すること)」「非営利(営利的な目的で利用しないこと)」「継承(二次的著作物を配布する際は同じライセンスを付与すること)」「改変禁止(改変を行わずに利用すること)」という4つに分類し、これらを組み合わせることによって、権利者の意思に応じた柔軟な著作権の保護を可能としています。
クリエイティブ・コモンズのライセンスは、すでにWikipediaやYouTube、写真共有サイトのFlickrといったCGMサイトや、世界各国の大学の講義資料や映像をインターネット上で広く公開するオープンコースウェアなどで広く利用される他、近年ではいわゆるオープンガバメントの流れの中で、米国や欧州、オーストラリアなどを始めとする政府の保有する公的な情報の公開にあたっても利用されるようになってきています。
『情報社会と共同規制』では、主としてルール形成に関わる企業と政府の関係性を論じましたが、クリエイティブ・コモンズはそのいずれでもない、第三のプレイヤーであるNGO主導の、情報社会のルール形成に向けた実践といえます。その最新の動きについては、ちょうど2012年の6月、同じく日本支部の理事であるドミニク・チェン氏が『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』という書籍を出版していますので、ぜひこちらもご参照いただくことができればと思います。
──『情報社会と共同規制』や『デジタルコンテンツ法制』と併読すべき、この分野に関する良い入門書などがございましたら、数冊挙げてくださいませんか?
生貝氏■原著の出版からすでに10年以上が経ち、この分野の「古典」ともなっていますが、まずはやはりローレンス・レッシグの『CODE』を挙げたいと思います。インターネット上では、私人の作り出すコード、アーキテクチャこそが人々の振る舞いを規制する最も大きな力となりえる。そしてそのような私的な規制に対して、いかに公共性や正統性を付与していくのかという視点は、『情報社会と共同規制』の問題意識の根幹ともなっています。
次にこちらもすでに邦訳が出ている、ハーバード大学のジョナサン・ジットレイン教授による『インターネットが死ぬ日』が挙げられます。本書はインターネットの拡大に伴い私たちが安全や安心を強く求めるようになる中で、iTunesストアにおけるアプリケーションへの強固な審査体制などの例を挙げつつ、必ずしも信頼できないような企業やサービスの新規参入を排除するようになることが、インターネットの持つ「生成力(generativity)」、すなわち新しいサービスやイノベーションを生み出し続ける豊かな土壌としての能力を損なうことになるのではないかと警鐘を鳴らします。インターネットにおける安心・安全、そしてイノベーションの関係性を考える上で必読の一冊と言えます。
それから西田亮介さんと塚越健司さんの編著による、『「統治」を創造する』もぜひ手に取っていただければと思います。日本ではオープンガバメントというとどうしても、政府にこんなサイトを作ってほしい、あるいはこんな情報を出してほしいといったような「政府への要求」が中心的な論調になりがちですが、その本来の理念は、情報技術を利用して、私たち一人一人の側が新しい統治のメカニズムを創造していくことにあるはずです。私も第6章で「オープンガバメントと著作権」という小論を執筆しているのですが、いずれの論考も、情報社会における新しいガバナンス・ルール形成のあり方を考える上で有益なものとなっていると思います。
──最後に今後のお仕事のご予定や、現在ご関心のあるテーマについてお教えいただけますか?
生貝氏■『情報社会と共同規制』では、日米欧の多様な法分野の比較研究というかなりの大風呂敷を広げてみたのですが、インターネット上で急速に存在感を増すアジアの国々までは議論が及んでおらず、今後の研究課題にしたいと考えております。
今回、主に取り扱った著作権やプライバシー、表現の自由といった問題をどのように取り扱うかは、EU・米国・日本といった先進国の間では歴史的にもかなりの程度のコンセンサスが存在していますが、アジアの大部分、そして中東やアフリカなどの国々では必ずしもそうではありません。
多様な価値観を持った国々のインターネットの利用拡大が本格化してくる中で、どのようなルールの融合が生じてくるのかはまったくの未知数です。2012年に入ってから国連で急速に議論が進められている、国際的なインターネット規制条約という形でルールの統合が起こるのか、あるいは中国のグレートファイアウォールに象徴されるように、インターネットの上に物理的な国境を再現し、多様なルールが相互独立に発展を遂げ、現在のInternetは、いわば複数形のInternet”s”へと変貌と多様化を遂げていくのか。
そのような将来のグローバルなインターネットのルールの決定も、従来の政府や国連といった公的組織だけではなく、共同規制の概念で論じられるような、企業の側の果たす役割も重要な論点になってくると思います。事実すでに大手の検索エンジンは、国ごとの要請に合わせて検索結果をカスタマイズすることを進めていますし、インターネットのオークションサイトなどでも、その国で販売が禁止されている商品(フランスでのナチス関連商品など)は表示をしないという対応も行われています。
その一方で、検閲に関わるグーグルと中国政府の対立や、『情報社会と共同規制』第8章で取り上げたDRM(デジタル著作権管理)に関わるアップルとフランス政府の対立に象徴的に見えるように、各国政府とインターネット企業の衝突という場面も生じ始めています。世界的にサービスを提供する企業が、ある意味では従来の政府を超える権力すら有するようになる中では、伝統的な公と私の関係性のあり方も大きく変容していかざるをえません。共同規制という概念をひとつの軸に、グローバルな情報社会における社会秩序のあり方そのものを問い直すような研究をしていければと考えています。
1982年埼玉県生まれ。博士(社会情報学、東京大学)。2005年慶應義塾大学総合政策学部卒業、2012年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。情報・システム研究機構融合プロジェクト特任研究員、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教、東京藝術大学総合芸術アーカイブセンター特別研究員、特定非営利活動法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事、総務省情報通信政策研究所特別フェロー等を兼任。
専門分野は日米欧の情報政策(知的財産、プライバシー、セキュリティ、表現の自由)、文化芸術政策。『情報社会と共同規制』により第27回テレコム社会科学賞奨励賞受賞。
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