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2017年11月16日

ノーベル賞 大隅良典教授が警鐘を鳴らす、日本の基礎科学の「深刻な状況」

2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した東京工業大学 名誉教授 大隅 良典氏は先ごろ、大隅基礎科学創成財団を設立した。財団設立記念セミナーで「50年の研究生活から想う基礎科学研究」をテーマに講演した大隅氏は、基礎科学の重要性を訴えると同時に、日本の基礎科学を取り巻く深刻な状況に対して危機感を募らせた。

執筆:フリーライター 井上 猛雄

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一般財団法人 大隅基礎科学創成財団 理事長 大隅良典氏


中国やドイツの後塵を拝する日本の自然科学研究

 2000年代以降、ノーベル賞ラッシュに沸く日本。物理学、化学、医学生理学といった基礎科学分野を中心に、25名の研究者がノーベル賞を受賞している。まだ受賞に近い研究者も日本には多く存在し、彼らが今後ノーベル賞を受賞できる可能性があるという期待も膨らむ。

 その一方で、日本の科学技術力の低下を憂慮し、将来を不安視する声も強い。

 たとえば、国内の大学などが発表した自然科学系の論文数は、10年前からほぼ横ばい状態だが、この数年間で中国やドイツに抜かれ、世界4位に転落している。アジア圏で見ても、中国の論文数が10年前と比べて4倍に、韓国やインドも2倍以上に伸ばしている。

 大隅氏らが今回の「一般財団法人 大隅基礎科学創成財団」を設立したのも、そうした懸念が背景にある。大隅氏は、日本の科学を取り巻く深刻な状況を憂い、「研究者の立場から研究支援と環境整備の活動を進める第一歩を踏み出したい」として、自らノーベル賞などの賞金1億円を拠出することで基礎研究への助成を始めた。

 講演で大隅氏は「科学とは人類が歴史の中で営々と築いてきた活動そのものです。『自然の理解や生命とは何か?』という知的な欲求にドライブされてきた。そういう点で科学は文化の1つです。科学は発見であり、技術は発明です。基礎科学は技術のための基礎ではないが、技術進歩は科学の発見に依存し、また科学は技術進歩によって支えられます。このように非常にケミカルな関係にあるのです」との見解を示した。

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 講演で大隅氏は、自身が歩んできた50年間の研究生活について振り返った。

 大隅氏は、1945年の終戦に福岡市で産声を上げた。戦後の貧しい時代に栄養失調にもなったが、大自然に囲まれて育ったことが後の人生に大きな影響を与えたという。1963年に化学者を目指し、東京大学に入学した。将来は分子生物学を研究したいと考え、現在の研究領域に入ったそうだ。

 大学院などを経て、1974年に米国ロックフェラー大学で研究員となった。このときノーベル賞を受賞する契機となる「酵母」と出会うことになる。その後、再び日本に戻って母校で教鞭をとることになり、助教授の43歳のときに、酵母オートファジーを発見する。酵母オートファジーとは、細胞が自身のタンパク質を小胞として「リソソーム」(加水分解酵素を含む細胞小器官)と融合して分解する現象を指す。

 大隅氏は当時を振り返り、「酵母は醸造やパンなど、人類が長い間つきあってきた有用微生物。同時に我々の体の真核細胞のモデルとして、最も多くの情報を持ち、解析が進んだ生物という側面もあります。東大に戻ったとき、酵母を使ってどんな研究をしてもよいと言われましたが、重い課題でもあった」と回想した。

 その際、人と競争することが好きではなかった大隅氏は、人が興味のないことをやろうとした。そこで植物細胞の「液胞」(Vacuole)の生理機能の解析に挑戦することにしたという。当時、液胞は「ゴミ溜」と認識されていたが、なぜ細胞の90%を占めるような大きな空間があり、それが早く成長するのか、その理由はわかっていなかった。

「私は『知ること』と『理解すること』は違うと考えています。液胞を理解することで、タケノコが1日に1メートルも成長するといった植物の謎に迫れると思ったのです。東大理学部で液胞がアミノ酸やイオンの貯蔵庫であることや、水素イオンを運んで酸性化させる大事な機構を有することなどを発見しました。液胞は多くの酵素を持っています。そこで思い切って“液胞は細胞内の分解機能を担っているのか?”という研究テーマに変えました」(大隅氏)

オートファジー機能解明までの長い道のり

 そもそも細胞中のタンパク質は、絶えず合成されている。赤血球は1秒間に300万個、ヘモグロビンは1秒間に1000兆個も作られる。生命は非常にダイナミックな機構を持っている。またヒトは1日に70gのアミノ酸を摂取し、それを合成して約240gのタンパク質をつくり、再び分解・排出する。この現象により、タンパク質がリサイクルされることがわかる。

「生命はタンパク質の合成と分解で支えられています。ヒトのタンパク質は2〜3か月で置き換わる。栄養飢餓になると、生物は生存のために自己リサイクルを行います。自ら細胞を壊す分解が能動的に行われるのです。分解は合成と同様に重要な過程です。稲穂が秋に黄色になるのは、葉緑体が分解され、アミノ酸が米のタンパク質に分解されるからです」(大隅氏)

 大隅氏は、出芽細胞の多くを占める液胞という分解酵素を含んだ袋が、本当にタンパク質を分解する機能を持っているのか、それがどのような条件で起きるのか、そのメカニズムを解くために、ある実験を思いついた。「逆に分解酵素がない条件にした際に、液胞に分解物質が入り込んで、その現象が光学顕微鏡でみえるかもしれない」と考えたのだ。

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酵母細胞のオートファジーの模式図。飢餓に応答すると隔離膜が出現し、タンパク質を取り囲んで「Autophagosome」を形成する。これが液胞と融合し、液胞内に「Autophagic body」が放出される


 そこで、タンパク質の分解酵素欠損株を飢餓状態にして観察すると、タンパク質が分解されず、液胞に多くの黒い顆粒がブラウン運動していること現象を観察できた。ここから大隅氏の長い研究が始まった。当時、タンパク質の分解には2つの論が提唱されていた。その1つが1963年にド・デューブが提唱した「オートファジー」(自食作用)だった。しかし30年前は、高性能な電子顕微鏡がなく、その解析はできなかったのだ。

 その後、電子顕微鏡が登場し、さまざまなことが判明した。最初の実験でみられた粒状のものは、一重膜構造の「オートファジックボディ」(Autophagic body)と名付けられた。酵母細胞が飢餓に応答すると隔離膜が出現し、タンパク質を取り囲んで「オートファゴソーム」(Autophagosome:小胞)を形成する。これが直ちに液胞と融合し、オートファゴソームの膜に囲まれた部分が液胞内に放出され、粒状のオートファジックボディが観察されていたわけだ。この一連の膜動態こそ、まさにド・デューブが提唱したオートファジー現象そのものであった。

 そこで大隅氏は、遺伝子学的なアプローチによって、このオートファジーの構造を解明することにした。詳しい解析からオートファジーにかかわる遺伝子が少なくとも14個あることを初めて報告し、最終的にオートファゴゾーム形成に必須となる18個の遺伝子(ATG遺伝子)の働きを解明できた。

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オートファゴゾーム形成に必須な18個のAtgタンパク質一覧。遺伝子学的なアプローチにより、最終的にオートファゴゾーム形成に必須のATG遺伝子と呼ばれる18個の遺伝子の働きを解明する


 最初は光学顕微鏡で観察していたが、電子顕微鏡が登場し、さらに遺伝子工学が大幅に進歩した。これによりオートファジーが単に栄養飢餓に対応するだけでなく、細胞内の浄化作用や、細胞内に侵入した病原体の排除作用、腫瘍の抑制、エイジングに関連する機能など、いろいろな生理機能が報告され、オートファジーの可能性が示されている。

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広がるオートファジーの可能性。オートファジーは単に栄養飢餓に対応するだけない。細胞内の浄化作用や、細胞内に侵入した病原体の排除作用、腫瘍の抑制などにも関係することが判明した


日本の基礎科学が直面する「今、そこにある危機」

「今でこそ、オートファジーに関する論文は数多くありますが、研究を始めた当初は、ほとんど論文がなかった。私は、細胞の中でタンパク質がどのように分解するのかという知的興味から研究を出発しました。その際このような成果につながるとは考えていなかった。私自身は、研究者としてけっしてエリート街道を歩んできたわけではありません。今の時代ならキックアウトされていたでしょう」(大隅氏)

 科学の原点は「どれくらい自由な発想が許されるか」ということが大切だ。実際に科学的発見の多くは、思わぬものを偶然に発見する「セレンデピティ」(serendipity)であり、予測不可能なものだ。

 大隅氏は「ノーベル賞に関係する最初の論文はジャーナルには掲載されない。なぜなら、それは現象の記述でしかないからです。研究は必ずしも成功するものではありません。数十年という長い歳月が必要で、さまざまな研究者の集団として、真理に近づくプロセスだと考えてほしい。今の若手研究者は、先が見えないチャレンジングな研究ができない状態です。そういう研究を大切にする風土が重要なことを、社会が認識してほしい」と強く訴えた。

 今、研究者は資金を集めるために、流行りの研究や、短期間で成果が出るような出口志向の研究ばかりに飛びついている。しかし、想定外の素晴らしい成果を求めるならば、幅広い分野の基礎的な研究への支援が重要だ。

「一般企業も基礎研究離れが進み、大学との関係も希薄になっています。一方で、大学と企業の連携が要請されていますが、短期的な製品開発を目標とした共同研究が多い。私は大学と企業において、基礎研究と応用研究の役割分担が必要だと思います。いずれにせよ研究者の健全な育成なしには、日本の将来はとても暗く、空洞化の恐れがある」(大隅氏)

 最後に大隅氏は、今回の財団設立にあたり2つの課題を追及することを表明した。1つ目は「基礎科学を社会全体で支えるシステムづくりと、文化としての科学の定着」だ。そして2つ目は「大学の基礎研究者と企業との新しい連携の仕組みづくり」である。

 「これらは、ある意味では大きな社会実証実験になるものです。この財団の活動を通じて、1つの典型例を生み出し、それを広げて行きたい」とし、財団活動を持続的に支えるために、一般個人や企業の協力を求めた。

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フリーライター 井上 猛雄

1962年東京生まれ。東京電機大学工学部卒業。産業用ロボットメーカーの研究所にて、サーボモーターやセンサーなどの研究開発に4年ほど携わる。その後、アスキー入社。週刊アスキー編集部、副編集長などを経て、2002年にフリーランスライターとして独立。おもにロボット、ネットワーク、エンタープライズ分野を中心として、Webや雑誌で記事を執筆。主な著書に『キカイはどこまで人の代わりができるか?』など。

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