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  • 2017/12/13 掲載

常識破る「2×2=5の商法」、グリコ創業者に学ぶ創意工夫力

連載:企業立志伝

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「創造性とはものごとを結び付けること」はスティーブ・ジョブズの言葉です。創造的な人は、何かを見ているうちに、過去の経験や知識をつなぎ合わせて、新しいものをつくり上げることができます。「グリコ」というまったく新しいお菓子も、江崎グリコの創業者・江崎利一氏がある光景を見た瞬間、過去の経験や知識が結び付くことで誕生しました。それは既に40歳を過ぎていた江崎氏にとっても未知への挑戦でした。

経済・経営ジャーナリスト 桑原 晃弥

経済・経営ジャーナリスト 桑原 晃弥

1956年広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者を経てフリージャーナリストとして独立。トヨタからアップル、グーグルまで、業界を問わず幅広い取材経験を持ち、企業風土や働き方、人材育成から投資まで、鋭い論旨を展開することで定評がある。主な著書に『世界最高峰CEO 43人の問題解決術』(KADOKAWA)『難局に打ち勝った100人に学ぶ 乗り越えた人の言葉』(KADOKAWA)『ウォーレン・バフェット 巨富を生み出す7つの法則』(朝日新聞出版)『「ものづくりの現場」の名語録』(PHP文庫)『大企業立志伝 トヨタ・キヤノン・日立などの創業者に学べ』(ビジネス+IT BOOKS)などがある。

大企業立志伝 トヨタ・キヤノン・日立などの創業者に学べ (ビジネス+IT BOOKS)
・著者:桑原 晃弥
・定価:800円 (税抜)
・出版社: SBクリエイティブ
・ASIN:B07F62BVH9
・発売日:2018年7月2日

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大勢の外国人観光客が集まる大阪市の道頓堀周辺。大阪市は日数制限など規制をなるべくかけない条例案を2月の市議会に提出する
(写真:筆者撮影)

家業が学校の代わり。「勤労教育」で力をつけた

 江崎氏は1882年、現在の佐賀県佐賀市で父・清七、母・タツの長男として生まれています。家は薬種業を営み、近在近郷を一軒ずつ歩いて医療の相談相手なども務めていましたが、暮らしは貧しく、長男の江崎氏は「家事の手伝いや弟妹の子守りに明け暮れた」(「私の履歴書」p87)と言います。

 成績は優秀で、小学校高等科を首席で卒業していますが、家の事情で進学することはできず、卒業と同時に薬の商いのほか、地元で一般的だった朝食の茶粥の味付けに使う、塩の販売を始めています。当時を振り返って江崎氏はこう話しています。

「私は学校教育の機会には恵まれなかったが、勤労教育には大いに恵まれた。私はありがたく感謝している」(「私の履歴書」p87)

 働くことが好きで苦にしなかった江崎氏ですが、1901年、父親が死去。19歳の江崎氏の肩に、幼い弟妹を含む6人の家族を養う責任が重くのしかかってきました。しかも亡くなった父親には借金があり、3年に渡って借金を返しつつ、家族を養うために「死に物狂いでがんばらざるを得なかった」と言います。

 この時期、江崎氏は変わらず薬と塩の販売を続けていますが、家族のために「余分の金は、余分の時間に、余分の仕事を」と登記の代書業を始め、軍隊を除隊後には舶来のぶどう酒の販売なども開始しています。

 当時、昔ながらの栄養強壮剤に変わって舶来のぶどう酒が飲まれ出していることを知った江崎氏は長崎からぶどう酒の大樽を仕入れ、家で瓶に詰め替えて病院や薬種問屋に卸すという商売を本格化、九州のぶどう酒販売のトップにまでなっています。商売は順調でやがて大阪に出張所を出すほどになりますが、ある時、江崎氏は郷里の佐賀でその後の人生を変えるほどの出来事にぶつかりました。

捨てられるだけだった牡蠣の煮汁には、多量のグリコーゲンが含まれていた

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江崎グリコのこれまでの歩み
 1919年春、江崎氏が自転車で筑後川の下流に差し掛かったとき、有明産の牡蠣の干し身をつくる小屋から湯気が立ち上り、何人もの漁師の働く姿が目に飛び込んできました。近づいてみると牡蠣を大きな鉄鍋に放り込み、茹でては取り出しているところで、その際に煮汁がざーっと吹きこぼれていたのです。

 その時、江崎氏は薬関係の雑誌に載っていた「牡蠣には多量のグリコーゲンが含まれている」という記事を思い出しました。グリコーゲンというのは当時、医学界で注目されていた濃厚栄養剤で、牡蠣の中に多量に含まれていることを佐伯矩博士(日本栄養学の創始者)が発表したばかりでした。江崎氏は吹きこぼれ、捨てられるだけの牡蠣の煮汁を一升瓶に詰め、九州帝国大学(現・九州大学)に分析を依頼したところ、多量のグリコーゲンが含まれていることが分かりました。

 普通の人にとって牡蠣の煮汁は無駄なものですが、薬の知識を持っていた江崎氏にとってそれは価値あるものであり、ひらめきのきっかけになったのです。「捨てられるだけの牡蠣の煮汁を使えば立派な栄養剤をつくることができるのでは」と考えた江崎氏ですが、そのとき既に大手の製薬会社・三共から栄養剤「グリコナール錠」が発売されていました。では、どうするか。江崎氏が、ある医師から受けた言葉がヒントになりました。

「われわれ医者は、病気を治すことばかり研究しているが、これは実は消極的なことで、予防こそ治療にまさる大きな意義があるんだよ。病気になった者を治すよりは、病気にかからぬ身体をつくることが積極的で、より大切なんだ」(「私の履歴書」p99)

 治療より予防は今も大切な考え方ですが、実際には健康な人間に病気予防の栄養剤を飲ませるのは難しいものです。だとすれば、みんなが日常的に喜んで食べるものにグリコーゲンを入れればいいと江崎氏は考えました。佃煮やふりかけなどさまざまな試作品をつくりましたが、最終的にたどり着いたのがグリコーゲン入りのキャラメル「グリコ」でした。

 1921年、41歳の江崎氏は一家をあげて大阪に移住、「グリコ」の事業化に本格的に取り組むことになりました。のちにライバルとなる森永や明治に比べ、江崎氏の会社の資本金は数百分の一とあまりに小さく、また江崎氏にはお菓子づくりの経験がないという大変な船出でしたが、江崎氏には「子どもたちのために栄養価の高いお菓子を」という強い決意がありました。

 しかし、ここからが江崎氏にとっての正念場。グリコを本物の一流企業にするために多くの苦難を迎えることとなります。

【次ページ】常識の壁を破る、「2×2=5の商法」とは?

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