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  • 2019/03/06

GDPRの本質はGAFAへの宣戦布告? 「プライバシーの死」は避けられるか

あらゆるデータが価値を生む現代、特に「プライバシー」は“21世紀の最重要資源”とも言える。いまデータビジネスの現場で生起しているさまざまな事柄を見ると、これは過去に人類と天然資源との間で繰り広げられた悲喜劇の忠実な再現であるとも言える。「プライバシーの死」があり得る次世代インターネットをどのように理解すればいいのだろうか。

編集者/文筆家 高橋幸治

編集者/文筆家 高橋幸治

1968年、埼玉県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年までMacとクリエイティブカルチャーをテーマとした異色のPC誌「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに主にデジタルメディアの編集長/クリエイティブディレクター/メディアプランナーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部美術・デザイン学科にて非常勤講師もつとめる。「エディターシップの可能性」を探求するセミナー「Editors' Lounge」主宰。著書に「メディア、編集、テクノロジー」(クロスメディア・パブリッシング刊)がある。

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GDPRは「シリコンバレーによるプライバシーの乱獲」を問題視したヨーロッパ諸国からの宣戦布告?
(© Skósdecoret - Fotolia)


鉱物資源や海洋資源などに代わる21世紀の最重要資源とは?

 以前、他のメディアで「商用化から25年を経て第2四半世紀の局面に入ったインターネットは第1四半世紀のそれとは大きく異なるものになる」と書いたことがある。

 「大きく異なる」とは言ってもその規模がさらに拡大されるとか、その範囲がさらに拡張されるとか、そんなのんきな話ではない。

 インターネットは良くも悪くも人間にとって環境化され血肉化されるがために、ほぼ意識されない不可視のものとなっていくはずだということである。

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 そのとき、いったい何が起こるのか……という点が今後のインターネットの動向を予測する上で需要な鍵となる。

 インターネットが私たちの社会、そこに内包される政治、経済、文化、さらには人々の身体や精神の中に溶け入るように内在化されていくと、次第にそれを抽出したり分離したりして対象化することが困難になっていくだろう。

 そこで筆者はフランスの精神分析医であり思想家/活動家でもあったフェリックス・ガタリの『三つのエコロジー』(平凡社ライブラリー)を引用しつつ、もはやインターネットと不即不離の関係となった環境/社会/精神それぞれの相互関係および相互作用をいま一度問い直す、つまりはインターネットを再考する必要があるのではないかと提言した。

 2016年に執筆した原稿には「果たして私たちはインターネットの可能性を引き出し切れているのか? ひょっとするともっと可能性に満ちた活用の仕方があるのではないか? だとすればどんな発想が必要なのか? それが阻害されているのであればその要因とは何なのか?」と書いている。

 このインターネットの環境化と血肉化はその後も着々と進行しており、「内/外」「公/私」などの境界が曖昧になった現在、私たちはこれまで外部環境から採掘してきた「資源」を人間の内部環境の中に見出すようになった。

 かつての鉱物資源や森林資源、水資源、食料資源、海洋資源に代わって、人間の内から発掘される21世紀の最重要資源=金の生る木、それは、いまさら言うまでもなく私たちの「プライバシー」である。人類はこれまで「資源」といかなる関係を取り結んできたのだろうか……?

 これから論を進めていく前に、微生物学者の中村浩氏による『資源と人間 発見・略奪・未来』(現代教養文庫)の中の一節を見てみよう。

 人間の文明は天然資源の上に成り立っている。石油、石炭をはじめとして、鉱物資源、森林資源、海洋資源などは、人間生活の基盤となる衣食住を支えてきた。

 しかし、人間はあまりに天然資源を略奪しすぎた。無計画な鉱物資源の乱掘、森林資源の濫伐、略奪農法などによる天然資源の枯渇は、良き人間性をも失わせしめてしまった。

 人々は資源をめぐって争い合い、殺し合いさえもするようになった。

シリコンバレーに対するEUからの宣戦布告=GDPR

 インターネット第2四半世紀においては、自然環境としての山や川が私たちの周囲を取り巻いているのと同じように、データの森や海が第二の自然、つまりは「環境」として存在している。

 当然その中には人間という生物も組み込まれていて、あたかも呼吸をしたり食事をしたりするように情報を摂取し、有機的な情報の生態系を形成しているわけである。

 このようなインターネット第2四半世紀特有の世界では、人間だけが特権的な超越者として君臨することはできず、私たちにまつわるあらゆる事象はデータ化され、壮大な情報の循環システムの中に取り込まれてしまう。

 結果、私たちの「プライバシー」はかつて人類を魅了してきたダイヤモンドや金、石炭、石油、水、砂糖、コーヒー、香辛料などと同様の「資源」として富を生み出す源泉となる。『資源と人間 発見・略奪・未来』の先の引用の続きにはこう記されている。

(中略)たとえばひとたび“”金の成る作物”や“もうかる鉱物資源”が発見されると、そこには金権欲、支配欲、独占欲などのはげしい欲望がうずまき、資源をめぐる奪い合い、いがみ合い、だまし合い、腕ずくの争い、あげくのはては戦争が巻きおこったのであった。

 こうして天然資源の開発によるもうかる企業、いつもきまって好景気、生産過剰、恐慌というお定まりのコースをたどってきた。

 もうかる企業には、腐肉にむらがるハゲタカのように、欲に目がくらんだ金の亡者のむれがたかり、そこには悪の渦が巻きおこり、骨までしゃぶりつくして、悲劇的終末をむかえてきた。そしてそこには当然の結果として天然資源の枯渇、公害問題などがクローズアップされる。

 インターネット第2四半世紀がすでに幕を開けたいま、上述の事態を第1四半世紀から必然的に導き出される当然の帰結としてさらに推進しようとするシナリオとは別に、第1四半世紀を批判的に検証しながらインターネット第2四半世紀にふさわしい新たなシナリオを描き出そうとする試みが活発化している。

 その最も分かりやすい例が昨年5月に施行された「EU一般データ保護規則(General Data Prtection Regulation)」(以下、GDPR)である。同法に関してはすでに多くのメディアで取り沙汰されているからいまさらここで詳説する必要もないかもしれないが、いちおう、以下に簡単な概略をまとめておこう。

 GDPRは各国企業が「欧州経済領域(European Economic Area)」(以下、EEA)内で取得した個人データをEEA外に持ち出すことを禁止した法律である。

 これに違反した場合、軽度のもので1000万ユーロまたは前年売上高の2パーセントのうち金額の大きなほう、重度のもので2000万ユーロまたは前年売上高の4パーセントのうち金額の大きなほうが制裁金として課せられる。

 EEAはEU加盟28カ国にリヒテンシュタイン、ノルウェー、アイスランドを含めた31カ国で構成されており、域内の人口は5億人を超えている。

 我が国のあらゆる企業はもちろんのこと、シリコンバレーの「GAFA」(Google/Apple/Facebook/Amazon)をはじめとするデータビジネスの巨大企業も、EEA5億人の市場で商売をする際にはこのGDPRをかならず遵守しなければならない。

 上記の中村氏の文章には“資源の過剰な乱掘は公害や枯渇といった悲劇的な結末を生む”とあるが、GDPRはまさに、シリコンバレーによる「プライバシー」の乱獲を問題視したヨーロッパ諸国からの宣戦布告と考えることもできるだろう。

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インターネットの利便性が「プライバシー」を殺しつつある
(© Skórzewiak - Fotolia)


【次ページ】人間と資源をめぐる悲喜劇はいつの時代にも再現される

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