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  • 2021/03/24 掲載

一橋大学 楠木 建教授に聞くDXの成功法則、「古新聞・古雑誌」に学んだほうがいいワケ

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「デジタル技術を活用して独創的なイノベーションを実現したい」と叫ぶ声とは裏腹に、成功した他社の事例ばかり気にしてはいないだろうか? 間違ったやり方では自社での活用のヒントが得られることはない。これからの経営者に求められるのは、デジタル技術の本質を捉えた上で自社の経営戦略に上手に取り込んでいくことだ。どうすれば実現できるのだろうか。企業の競争戦略を専門とする経営学者である楠木 建教授と、人工知能(AI)の社会実装に取り組む研究者である松田 雄馬 氏が、その実現方法を提言する。

聞き手、構成:編集部 山田 竜司 執筆:畑邊康浩

聞き手、構成:編集部 山田 竜司 執筆:畑邊康浩

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授。一橋大学商学部卒、同大学院商学研究科修士課程修了。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『逆・タイムマシン経営論 近過去の歴史に学ぶ経営知』などがある



AIの「I」、リモートワークの「ワーク」とは何を意味する?

楠木氏:松田さんの著作である『人工知能に未来を託せますか?』『人工知能はなぜ椅子に座れないのか』などを読んで一貫して感じてたのは、AIの「A(Artificial)」も大切だけど、そもそも「I(Intelligence)」とは何なのかについて理解が深まったことです。その視点が面白いですし、松田さんもそういうスタンスでずっと書いていらっしゃると思います。

 世の中が一斉に「リモートワーク」へとなびいている状況は、その多くが「リモートワークに重要なツールは何か」というように「リモート」の方に注目しています。でも、私は今回のコロナ禍ではあらめて「ワーク」とは何かを考えるいい機会だと捉えています。

 コロナの影響もあり、大学が一時期完全に封鎖されていて研究室にも行けなかったことがありました。そのため、私も自宅での「ワーク」を余儀なくされました。それまで基本的には毎日、30分かけて地下鉄で通勤して大学の仕事場に行って、そこで読んだり、書いたり、勉強したりしていました。

 ただ、大学に通っていた時も自分1人の研究室で働いていたので、家でやっても全然変わらないんですよ。道具を少し持ち帰る必要はありましたけど。そうすると、今までの「通勤」って何だったのかと(笑)。

 「リモートワーク」について騒いでいる人のほとんどがオフィスワーカーなんですよね。もともとリモートでも仕事ができる人があれこれと言っているにすぎません。今回のリモートワーク騒動では、本当にリモートでできる仕事はどれだけあるのかを見直すいい機会になったと思います。

 たとえば、工事現場で働く人はリモートでの業務はなかなか難しいですよね。また、リモート消防士というのもあり得ない話です(笑)。もちろん医師や看護師などの医療従事者もリモートでは働けないことが多い。

 あらためて「自分の仕事とは何か?」を考えるいい機会になったと考えています。「A」という形容詞よりも「I」が分かっていないとAIを理解できない、そういう考え方にはすごく汎用性があると思いました。

 『逆・タイムマシン経営論』の中では、経営判断を惑わすさまざまな罠(トラップ)の1つに「激動期トラップ」を挙げています。とにかく「今こそ激動期」と言いたがる人がいます。彼らはすぐに「百年に一度の危機」とか言う。今回のコロナ禍でも「百年に一度の危機」と言われています。ただし、僕が生きているこの56年でも「百年に一度の危機」は8回ぐらいありましたからね。

 少し昔の新聞・雑誌をあらためて見ると、そうしたことが分かってきます。掲載当時にあった「同時代のノイズ」がデトックスされることで、本質がむき出しになっているんです。つまりは「新聞・雑誌は10年寝かせて読め」。たかだか半年前のコロナ騒動の記事ですら、すでに味わい深いものになっていますから。

松田氏:確かに(笑)。

楠木氏:著名な投資家であるウォーレン・バフェットの有名な言葉の1つとして「潮が引いた時、初めて誰が裸で泳いでいたかが分かる」があります。過去に誰が何を言っていたのかを振り返っていくとすごく面白いですよ。それによって、本物が誰かが分かりますから。

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松田 雄馬
合同会社アイキュベータ共同代表。京都大学工学部地球工学科卒、同大学大学院情報学研究科数理工学専攻修士課程修了。日本電気中央研究所などを経て、AIの基礎研究とともに社会実装にも取り組んでいる。著書に『人工知能の哲学』『人工知能に未来を託せますか?──誕生と変遷から考える』などがある

パストフルネス、歴史から文脈を知ることが大事

──『逆・タイムマシン経営論』の中では「現代はかつてないほどパストフルである」と指摘されていますが、今のお話と通じるものなのでしょうか。

楠木氏:パストフルというのは、一時期話題になった『ファクトフルネス』のファクトフルに掛けた言葉です。歴史はそれ自体がファクトの集積で、ファクトフルネスなものですが、歴史的な出来事というのは「文脈」が豊かなんですよね。統計の数字みたいな1個1個のファクトも重要ですが、歴史からはそのファクトを取り巻いていた背景・文脈が見えてきます。そういう意味で、近過去を振り返る「パストフルネス」は有効な思考訓練になるんじゃないかと思います。

 デジタルアーカイブのおかげで、古新聞・古雑誌へのアクセスがすごく低コストになっている。昔と比べて今の方が参照可能な歴史が多いという意味で、現代は一番「パストフル」だということです。

 僕が近過去をさかのぼる作業を始めたのは、20代の頃でした。当時は大学院生でインターネットがないので、図書館でアナログで本を探していました。雑誌記事を調べる際は、雑記記事索引という紙の電話帳みたいなものがありまして、ある検索ワードを引くと、そのワードが載っている新聞や雑誌がリストアップされるようになっていました。そこでメモを取って書庫に行って、1つずつ当たっていくわけです。

 そうすると、探そうとしていたワードと関係ない記事も読んじゃうわけです。「1974年当時は、こんなことが言われていたんだ」と。これがめちゃくちゃ面白くて(笑)。平気で半日ぐらい読みふけってしまいました。その時代と比べると、今は少しお金を払えば、過去のアーカイブにアクセスし放題ですよね。

 たとえば、「エンロン」で検索すると、たくさん昔の記事が出てきます。「エンロンに学べ」という話ばかり(笑)。「6年連続で、米フォーチュン誌の『アメリカで最も革新的な企業』に選ばれたエンロンが……」など、そういう内容が多かったです。今からすれば頓珍漢な話なのですが、どうして同時代の人々がそう思っていたのかを考えると、面白い。人と人の世の本質が見えてきます。

【次ページ】歴史上の人物をより深く知ることで発見できるヒントがある

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