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  • 2021/02/01

販売実績世界1位の洋菓子メーカー、「赤字転落」「事業継承」を乗り越え成功したワケ

【連載】成功企業の「ビジネス針路」

2020年9月、シュゼット社(兵庫県・西宮市)が展開する洋菓子ブランド「アンリ・シャルパンティエ」のフィナンシェが1年間に世界で最も売れた商品として6年連続のギネス世界記録に認定された。菓子部門において、6年連続の認定は世界初の快挙である。流行り廃りが激しく、ブームになっては消えていくブランドが多い菓子業界において、なぜ創業50年を超える老舗がトップランナーとして君臨し続けられているのか。また、なぜ街の洋菓子店が本場を超えるまでに至ったのか。その飛躍の裏には、“創業者に依存した組織”からの脱却があった(後編では、シュゼット・ホールディングス 代表取締役社長の蟻田剛毅氏のインタビューを紹介します)。

経営コンサルタント 清水大地

経営コンサルタント 清水大地

フィールドマネージメント 執行役員/プリンシパル
野村総合研究所、アクセンチュア・戦略グループ、フロンティア・マネジメントを経て現職。13年以上に及ぶコンサルティング経験を有す。プランニングのみならず、実行支援や執行支援による成果にコミットした泥臭いコンサルティングを信条としている。共著に「時間消費で勝つ」(日本経済新聞社)、「経営コンサルタントが読み解く 流通業の「決算書」」(商業界)など

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シュゼット社(兵庫県)が展開する洋菓子ブランド「アンリ・シャルパンティエ」のフィナンシェは、年間販売個数世界1位を獲得し、6年連続のギネス世界記録に認定された
(出典:シュゼット)

ギネス記録を持つ、洋菓子メーカーのはじまり

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クレープシュゼットとは、オレンジ果汁で軽く煮たクレープにリキュールを注いでフランベしたもので、青い炎が特徴的なデザート
(出典:シュゼット)
 「アンリ・シャルパンティエ」(現シュゼット社)は、シュゼット社の現社長 蟻田剛毅(ありた・ごうき)氏の父、蟻田尚邦氏が1969年に阪神芦屋駅前で始めた喫茶店に端を発す。

 創業者の蟻田尚邦氏は老舗レストラン「アラスカ」でコックの修行中に、クレープシュゼット(クレープをオレンジソースで煮た温かいフランスのデザート)を調理する際の青い炎と出会い、その鮮烈な印象から創業を決断した。

 ブランド名となっている「アンリ・シャルパンティエ」とは、クレープシュゼットの考案者の名前である。

 ちなみに社名である「シュゼット」とは、アンリ・シャルパンティエの恋人で、クレープシュゼットを提供した相手とされている(現在の社名はシュゼットであり、そのブランドの1つがアンリ・シャルパンティエであるが、創業当時はアンリ・シャルパンティエが社名だった)。

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1969年、阪神芦屋駅前で始めた喫茶店からスタートしたシュゼット社
(出典:シュゼット)

創業時の快進撃には2つの要因が……

 喫茶店アンリ・シャルパンティエが店舗を構えたのは阪神芦屋駅前。兵庫県の中でも、特に芦屋、岡本、御影周辺には舌の肥えた住民が多いと言われている。そうした住民を相手に、多くの菓子屋がもまれた激戦区であり、菓子業界の産業集積地とも言える地区であった。

 こうした厳しい環境の中で、アンリ・シャルパンティエは着実な成長を続け、1975年にターニングポイントを迎える。当時、人々のあこがれの場所であり、成長著しいチャネルであった百貨店、そごう神戸店(現 神戸阪急)から出店の誘いを受けたのである。


 出店当初、生ケーキを中心に展開したが、上位メーカーの売上に及ばず利益も伸びないという課題に直面していた。そこで周りを見渡すと、他社は焼菓子を展開していたことに気が付く。生ケーキは常に廃棄ロスと隣り合わせだが、焼菓子は賞味期限も長く、製造工程も生ケーキよりもシンプルであるため、高い利益率も見込める。

 そこで他社との違いを生み出すために、看板メニューとして目を付けたのがフィナンシェだった。フィナンシェの語源は諸説があるが、そのルーツは17世紀のフランスに由来する(金塊に似ており、パリ金融街から広まったためとも言われる)。創業者は当時、日本においてそこまで有名でなかったフィナンシェに着目し、ヒットにつなげる。

 その後、百貨店の成長に合わせ、快進撃を続け、芦屋、銀座に旗艦店を設けるまでに成長した。このように、「百貨店出店」と「商品の差別化」という2つの要因が創業時の成長につながっている。

創業者に依存する組織が抱える「2つの危うさ」

 一般に、成功した創業者とは、人並みならぬ強い情熱とモチベーションを事業に注ぎ込み、一代で成功事業、いわゆる「0→1(ゼロイチ)」と「1→10」を成し遂げた天才である(もちろん、その裏には道半ばで消えていった数多くの事例も存在している)。しかしながら、創業者のリーダーシップに導かれた組織は、時に“危うさ”を露見する場合があり、その症状は大きく2つの傾向に集約される。

 1つは「組織全体の自律性・自発性の弱さ」である。強いリーダーシップ、トップダウンの指示に慣れ親しんできた社員は、能動的・創造的に考え、行動することに不慣れなことが多い。よって、リーダーがいなくなったときに、指示者不在により現場全体に混乱をきたす事例が散見される。

 2つ目は、「経営者目線の不在」という症状だ。それまでは創業者がすべて決めてきたことから、それに従属する社員は経営者の思いを実現する「機能」に特化する場合がある。そのため、経営者の目線でサポートする、もしくは経営者の代役を担うようなシーンには不向きなことが多いのである。そのため社員に対し、経営者の立場で組織を率いることが求められたときに、躊躇(ちゅうちょ)することが多い。

菓子業界の転換点、「百貨店の衰退」と「コンビニの台頭」

 2010年頃から、菓子業界にも変化が見られた。百貨店が頭打ちとなり、単品経営の業態が現れ始めた。時を同じくして、規模で優位に立つコンビニがオープンイノベーションの流れに乗り、値ごろ感あるスイーツの高質化を実現できるようになった。

 さらに、こうした厳しい局面において創業から40年が経ったアンリ・シャルパンティエは、創業者の体調不良を機に、経営の第一線から退き、前述の創業者に依存する組織が抱える”危うさ”が顕在化したのである。

 同社は、外部から経営者を招聘(しょうへい)し、百貨店の要望に応えるためにさまざまな新商品を展開していったものの、一度狂った歯車はかみ合わなかった。年間400を超える新商品作りに注力したが、顧客にとってアンリ・シャルパンティエが何の店からすら伝わりにくい状況に陥り、ついには95年の阪神淡路大震災以来の赤字を計上することとなった。

【次ページ】1年で赤字からV字回復、2代目が進めた改革とは

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