• 2026/06/01 掲載

【freeeも急成長】日本市場の特殊すぎる壁…乗り越えた企業たちの“覚悟の選択”(2/3)

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freeeやマネーフォワードも選択した「中小企業から攻める」

 日本のスタートアップが売上10億~20億円を目指す過程で、多くの企業が選択肢として取るのが「SMB集中戦略」です。

 SMB(Small and Medium-sized Business)は意思決定のスピードが比較的速く、初期の導入障壁も大手企業であるエンタープライズと比較すると低いため、創業初期から売上を積み上げるには適した市場といえます。営業のアプローチもシンプルで、経営者や現場担当者と直接会話すれば導入が決まるケースが多くあります。展示会やオンライン広告を活用すれば効率的にリードを獲得できることもあり、「まずはSMBから」という戦略は自然な選択だと思います。

 この傾向には歴史的な背景もあります。2000年代までの日本のスタートアップは、B2Cを中心に展開していました。B2B、とりわけ大企業向けのビジネスはSIerが独占し、スタートアップが入り込む余地は小さかったのです。その中で、SaaSの黎明期に登場したプレイヤーは「中小企業を対象に、既存の紙・FAX・Excel業務をクラウドに置き換える」モデルを採用し、確実にシェアを伸ばしていきました。freeeやマネーフォワードが会計・人事領域で急成長したのも、最初はSMB市場で強固な足場を築いたからです。こうした成功例が、後続のスタートアップに「SMB集中は自然な戦略である」と証明していきました。

 SMB市場の強みは、前述の通り、導入スピードとアクセスのしやすさにあります。社長や役員クラスが決裁者であることが多く、現場の声と経営判断が直結しているため、短期間での契約が可能となります。展示会や広告といったインバウンド施策が効きやすく、リード数を確保しやすいのも特徴です。また、競合の数も限定的であり、先行者が優位性を築きやすい構造になっています。特に「業務の効率化」を直接訴求できるプロダクトは、SMBとの相性が良いといえるでしょう。導入により「手間が減る」「経費が削減できる」といった効果がすぐに体感できるため、営業トークも成立しやすいのです。

 実際、ラクスやSMSといった上場企業は、SMB市場を中心に長年収益を積み上げることでARRを伸ばしてきました。ラクスは経理や請求業務などの普遍的なニーズを捉え、営業電話や展示会を駆使して数万社規模の顧客基盤を築いたのです。SMSは医療・介護という特定産業にフォーカスし、中小事業者を大量に囲い込むモデルで成長を遂げました。これらの例を見ると、「SMB集中で十分に大きな会社をつくれる」といえると思います。

売上10億円を超えると見えてくる、SMB集中戦略の“限界”

 しかし、実際問題として、この戦略には限界もあります。最大の課題は、単価の低さとチャーンレートの高さです。SMBは導入スピードが速い一方で、解約も早い傾向があります。事業の環境変化に敏感で、数年単位での利用継続を前提に導入していないケースも多いのです。そのため、新規受注が増えても解約が一定存在してしまうことから、純増は鈍化しやすい特徴があります。そのため、営業やマーケティングへの投資の回収効率が鈍化していってしまうことがよくあります。

 また、SMBは価格に敏感であることも大きな特徴です。導入の判断基準は「コスト削減」や「業務効率化」であり、追加機能や高度な付加価値に対してWTP(支払意思額)が高まりにくい。値上げやプラン拡張によって売上を伸ばす余地が小さいため、ARRを伸ばすには新規獲得を続けるしかありません。つまり、成長が「フロー依存型」になりやすいのです。

 そして、SMB市場は 顧客サポートの負荷が高いという側面もあります。ITリテラシーが十分でない企業も多く、導入やオンボーディングに手間がかかる。サポート要員を増やさなければ定着しないのに、単価が低いため投資回収が難しい。結果として「サポートコストがかさむが収益は薄い」というジレンマに陥ります。CSを充実させてもROIは改善しづらいのが、SMB集中戦略の難しさです。

 SMB集中戦略における資本市場の相性はどうでしょうか。長期的に積み上げれば安定性が評価され、逆にラクスのように10年単位で積み上げ続けられる会社は、投資家からの評価も高くなり、SMB戦略が大きな成果をもたらします。結局のところ、SMB集中を選ぶかどうかは「自社がどの時間軸で成長を描くのか」「その時間軸を持ちながら、効率的に伸ばせる」という経営判断にかかっているのです。

 SMB集中を続けるか、それとも早期にエンタープライズへ挑戦するか。この意思決定は、経営者にとって大きなジレンマです。SMBは「短期で数字を積みやすい安心感」があります。しかしその先の成長を考えると、必ず長く挑戦し続ける覚悟と体力が求められるとともにITリテラシーや市場CAPの壁が訪れます。逆に、エンタープライズ挑戦はハードルが高い。導入サイクルが長く、セキュリティ・監査・プロセス整備に多大な投資が必要です。どちらを選ぶかは、市場規模、自社の体力、資本市場からの期待を総合的に勘案して決めなければなりません。

 SMB集中は日本のスタートアップにとって魅力的な入り口であり、確かな積み上げを可能にします。一方で、単価の低さ、チャーンの高さ、価格感度の強さといった構造的な制約を抱えており、売上10億~20億円で頭打ちになる企業も少なくありません。SMB市場で「やり切る覚悟」を持てるか、あるいは「次の市場」に挑む決断ができるか。この分岐が、キャズムの壁を越えられるかどうかを決定づけるのです。 【次ページ】売上20億円の壁を越える企業、足踏みする企業の決定的な違い
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