- 2026/06/05 掲載
カルビー・LIXILが悲鳴…ナフサ不足は「騒ぎすぎ」なのか、裏に潜む“構造的問題”(3/3)
実は「前にもあった」この構図
第三に、「メディアが煽るから問題が大きく見える」という意見は、過去にも前例がある。2024年夏から2025年春にかけての「令和の米騒動」でも、まったく同じ言説があった。スーパーの棚が空になったのはパニック買いのせいだ、と。
当時、農林水産省は「順次回復していく」と言い続け、政府備蓄米の放出を拒んだ。大阪府の吉村知事が放出を強く要望しても、農相は「民間流通に影響が出る」として断った。しかし実態は需給ギャップが44万トンあった。猛暑による高温障害で供給が約19万トン下振れし、インバウンド消費拡大で需要が約25万トン上振れした。計算上の問題として足りなかったのだ。パニック買いとは無関係に、構造的な供給不足が先にあった。
「不安をあおるメディアのせい」という説明は、44万トンのギャップを消してくれない。報道がなければ44万トンが消えた、という話にはならない。
ナフサ不足「真の犯人」は?
ナフサも同じ構造を抱えていると言える。民間在庫が約20日分しかない状況は、誰かが報道したから生まれたわけではない。1993年の規制緩和で備蓄義務が業界側の要望で撤廃された結果だ。
20日分しかない状況でホルムズ海峡封鎖リスクが高まれば、企業が在庫を積もうとするのは経済原理として当然の行動だ。買いだめと呼ぶのは簡単だが、バッファを削った企業を責めても、問題解決にはつながらない。
医療現場も、静かに追い詰められている。マスク、ゴム手袋、注射器、点滴パック。使い捨ての医療消耗品はすべて石油由来だ。今は優先供給で直接の品切れは免れているが、代替調達によるコスト増が価格に転嫁されれば、全国の約7割が赤字という病院経営を直撃する。数字の上では見えにくい、もう1つの現実だ。マスコミが黙っていれば医療費が下がるわけではない。
目をそらすべきではない「本当の問題」
さらに言うと、「マスコミやSNSが不安を煽っている」という言説の最大の問題は、批判の矛先を間違った方向へ向けてしまう点にあると言えるだろう。問題は記者ではなく、1993年に備蓄義務を外した政策だ。問題はSNS投稿者ではなく、44万トンの需給ギャップが出るまで減反政策を維持され続けている点ではないだろうか。
官邸が「現場の不足は流通の目詰まりと買いだめが原因」と言う時、それはたしかに部分的には正しい。しかし買いだめを生んだ構造的要因は、政策が作り出したものだ。責任の所在をずらすことで、自らの政策判断への問いを封じている。メディア批判をするばかりでは、問題の本質から遠ざかってしまう。
ナフサは不足していない──統計の数字の上では、そうかもしれない。しかし現場では原料が届いていない。工期が遅れている。価格が上がっている。実名の事業者が省庁へ要請に行っている。
「メディアが騒いでいるだけ」という見方は、これらの記録をどう説明するのか。LIXILの値上げ発表は、ニュースが原因ではない。川上産業の残業は、SNSが原因ではない。カルビーの白黒パッケージは、不安心理が原因ではない。いずれも、原材料コストという物質的な現実が原因だ。
ナフサは不足していないこと、現場にナフサがないこと、どちらも事実だ。メディアを批判しやすい環境で、本質的な問題が見えにくくなってしまう。現場視点でナフサが足りていないことは、目をそらすべきではないだろう。
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