- 2026/10/30 06:40 掲載
【単独】AIを使って早く帰る社員は“ズルい”のか?日本企業を蝕む「最悪の努力主義」(2/3)
「頑張る姿」を褒める会社は、なぜ“危うい”のか
──努力主義、能力主義、成果主義は、どのように違うのでしょうか。日本企業の評価制度では、これらが混同されている面もあるのでしょうか。勅使川原氏:欧米で語られてきた「メリトクラシー」は、日本では「能力主義」という言葉で広まりました。私が注目しているのは、過去の業績や実績だけでなく、未来のポテンシャルや頑張る態度まで「能力」に含めてきた点です。そうなると、何を評価しているのかが曖昧になります。
学校でも、テストの点数だけでなく、取り組む姿勢や態度が評価されますよね。会社でも、結果が出なくても一生懸命な人が評価され、反対に結果を出していても、やる気がないように見える人の評価が低くなることがあります。
「能力」や「努力」という、捉え方の幅が広いものに頼っているわけです。成果主義も、日本では数字に表される結果で評価するものとして理解されがちですが、成果は数字だけとは限りません。
渡邉氏:新規事業では、まさにその区別が難しいですね。何年も先に成果が出る仕事もありますから、短期の売上だけでは測れません。一方で、調べ物をたくさんした、会議を重ねたということを、どう評価するのかも考えなければなりません。何を目指して、現時点で何ができていれば前進と呼べるのかを、最初に握っておく必要があると思います。
──努力している姿勢を評価すること自体が問題というわけではなく、何を成果とするかが曖昧なことに問題があるということですね。
勅使川原氏:そうですね。成果をろくに定義しないまま、「やっている感」を出していることが頑張りだとされると、無限の努力を強いることになります。経済が右肩上がりだった時代には、働き続ければ給料が上がるという実感があったのかもしれません。でも、今は同じようにはいきません。際限なく努力を求めることが、過労や、イノベーションの起きにくさにつながるのではないかと危惧しています。
この問題は教育ともつながっています。大学が、企業から評価される人材を送り出すことを重視するなら、企業が求める人材像を変えない限り、教育だけを変えるのは難しいと思います。社員の態度を変えようとする前に、会社が何を評価し、どのような人材を求めているのかを見直す必要があるでしょう。
「AIで時短はズルい」が「最悪の努力主義」と言えるワケ
──AIを使って仕事を早く終える人を「手抜き」と見ることについては、どう考えますか。勅使川原氏:まず、AIを使えば短時間で成果が出るという前提を考え直したいです。下調べやたたき台を作ることを成果と呼ぶなら、たしかに速くなったでしょう。でも、AIが書いた文章には違和感が残ることもありますし、参考文献を間違えることもあります。仕事の途中工程を短縮できたからといって、顧客や社会にとっての成果まで出たとは限りません。
それに、AIを使って時間を作ることを「努力が減った」と見る方が問題だと思います。使える道具を使って、空いた時間を別の重要な仕事に振り向ける。それは「正しい努力」でしょう。そもそも会社は、ひたすら手を動かしてもらうために給料を払っているのでしょうか。何のためにその仕事があるのかを考えるべきです。
渡邉氏:現場で起こる感情についても考えておく必要があると思います。AIを使って早く帰る社員は、周囲から見ると努力の過程が見えません。同じ成果を出していても、「心を込めていないのでは」「あいつは頑張っていないんじゃないか」と感じられてしまう。同調圧力のようなものが働いて、評価が下がったり、信頼関係が崩れたりすることは、実際に起こり得ると思います。
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勅使川原氏:そうしたことが起きるとすれば、AIによって新しく生まれたものではなく、従来からある努力主義や能力主義が「最悪の形」で表れているということだと思います。仕事を速く終えることを悪く捉えるなら、社員は効率化しない方が得になってしまいます。ずっと手を動かしていれば仕事をしていることになるのか。そこまで立ち返って考え直さないといけません。
渡邉氏:忙しそうに見えることと、会社に価値をもたらしていることは、分けて考える必要がありますね。AIという新しい道具が入ったことで、それまで曖昧だった評価の前提が見えやすくなっているのだと思います。 【次ページ】努力・能力…“曖昧さ”をなくすには? 伊藤忠はどう評価?
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