イーロン・マスクのモノづくりに対する考え方
トヨタ式とフォード・システムは対極にあるように見られているが、実際にはトヨタ式の基礎を築いた大野耐一氏はフォード・システムを考案したヘンリー・フォードの「既成概念にとらわれない姿勢」をとても高く評価していた。フォードは自動車の幌(ほろ)や人造皮革の基礎原料に当然のように木綿を使うことに対して、「本当に綿布はここで使用できる最良の材料なのだろうか?」と疑問を抱き、「他の素材は使えないのか」「綿布のつくり方は今のやり方が最善なのか」とさまざまな試行錯誤を繰り返している。
フォードは、高価な車を一般の労働者が買える価格にするためにたくさんの工夫をしているが、その過程で「ものづくりでほとんど神聖化されている、数多くのしきたり」に疑問を投げかけ、工場の中にある悪いしきたりを次々と排除している。大野氏はフォード・システムの大量生産方式は取り入れなかったが、フォードの「効率とは、まずい方法をやめて、われわれが知り得る限りの最も良い方法で仕事をすること」という姿勢はしっかりと受け継いでいる。
「ものづくりで神聖化されている、数多くのしきたり」を打ち破ることで電気自動車や宇宙開発ロケットのつくり方に大きな革命を起こしたのが、自動車業界でフォード以来の上場を実現したテスラ・モーターズや、ロケット開発のスペースXを率いるイーロン・マスクである。マスクのモノづくりに対する考え方はこうだ。
「私はモノづくりが好きだし、多くのイノベーションを注ぎ込める分野だ」
「多くの人はモノづくりを単なるコピーづくりのような退屈なものだと考えているが、われわれの考え方は違う」
マスクは電気自動車にしろ、ロケットにしろ、徹底して自社生産にこだわり、安易な外部委託を否定している。理由は自社での生産のほうが既存のつくり方、既存のサプライヤーに縛られないからだ。
スペースXの技術者たちが既存のロケットのコスト構造を調べたところ、多くのロケットの基本技術は何十年も前に設計された、言わば「旧時代の遺物」だったという。それはフォードの言う「神聖化されている、数多くのしきたり」のようなものであり、その一つひとつに疑問を投げかけ、ゼロベースで発想した結果が他社のロケットより圧倒的に安い低コストを可能することになった。
さらに技術への信頼もある。だからこそNASAはスペースXとの間で国際宇宙ステーションに物資や人員を輸送する契約を結んだわけだが、それを可能にしたのはマスクの常識を疑う姿勢であり、「私はモノづくりが好きだ」と言い切るモノづくりへの強い情熱と言える。
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