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- 2019/12/25 掲載
「突け、心を。」フェンシングの太田 雄貴氏熱弁、ガラガラの会場から始まった大改革
前例のないものに挑戦する“ファースト・ペンギン”に
北京五輪で日本フェンシング史上初となる銀メダルを獲得した太田氏は、2017年8月に日本フェンシング協会の会長になってから、さまざまな改革に取り組んできた。まず同氏が最初に気づいたことは、当時のフェンシング協会には明確な理念がなかったことだ。「企業でも理念があると、社員の行動が変わってきます。我々は、“フェンシングを取り巻くすべての人々に感動体験を提供する”という理念を掲げることにしました。そのためには手段と目的を逆転させない。メダルを取るのではなく、人々に感動を届けることを第一に考えました」と強調する。
また、協会の人的リソース不足を解決するために、副業・兼業限定の戦略プロデューサーを人材採用会社のビズリーチと提携して募集した。
「日本フェンシング協会は公益団体なので、人を雇うにも十分な対価をお支払いできず、フルタイムで働く環境も提供できませんでした。そこで週1日程度の副業・兼業プロデューサーを募集したのです。結果、1127人の応募が来ました」
「前例のないものに挑戦していく“ファースト・ペンギン”になる」というフェンシング協会の姿勢を表しているという。
認知度を高めるためのイメージアップ戦略を実行
次に太田氏は、フェンシング競技の「ハードルの高さ」を解消するため、ベンチャー企業のアソビューが運営する遊びのマーケットプレイス「asoview!」を活用し、フェンシング競技を初心者でも気軽に体験できる機会を提供した。また、企業との取り組みとして、日産自動車と共同で、電気自動車・リーフの蓄電機能を用いたフェンシングのデモンストレーションを行い、「フェンシングがどこでも楽しめること」をアピールした。実はフェンシングは初めて電気を使ったスポーツ競技であり、電気と切っても切れない関係である。スポーツと企業を結び付けることで、双方のイメージアップを狙ったという。
さらに日本フェンシング協会は、静岡県沼津市や東京都渋谷区といった自治体と連携し、公共施設を活用したり、学校訪問プロジェクトなどを推進してスポーツ振興を深める取り組みも始めた。これは、東京五輪後を見据えてのことだ。従来の競技団体は、国の補助金や助成金で成り立っているが、東京五輪後は、こういった支援が削られると予想されたためである。
人材育成面でも「Athlete future first」を掲げ、選手の未来へ向けた強化を行っている。ベネッセが実施する英語技能検定GTECを活用して、選手の英語教育に着手。オンライン英語学習を無償で提供する取り組みを進めている。
「なぜ英語教育を行うかというと、選手の未来が変わると考えているからです。フェンシングはコーチや審判員は外国人が多く、選手が英語を習得すれば、円滑なコミュニケーションが取れるようになります。また将来的に彼らが海外コーチとして羽ばたくときも、語学力が役立つでしょう」(太田氏)
忘れられない過去の写真、ガラガラだった全日本選手権の観客席
そして太田氏が本腰をいれたのが集客だった。太田氏は、自分が選手だった当時を振り返り、まったく人気がなかったフェンシング競技の象徴的な写真を示した。それは、全日本選手権の決勝戦の一瞬を切り取った写真だったが、その観客席に人はほとんどいなかった。
もともとフェンシングは人気がない競技で観客も来なかった。当時の太田氏は協会関係者に「オリンピックでメダルを取れば、お客さんも来る」と言われて奮起し、北京五輪で個人戦銀メダル、ロンドン五輪でも団体戦銀メダルを獲得した。しかし状況は変わらず、観客席はガラガラな状態が続いた。そこで太田氏は、なぜフェンシングの人気が高まらないのか真剣に考えた。
「メダルは重要だけれど絶対じゃない。メダルは足し算でなく、掛け算。メダルをかけ合わせる基となる部分が良くする必要があると考えました。そこで、デジタル技術も使ってフェンシングを誰でも楽しめるようにしようと考えたのです」
太田氏は「突け、心を。」というキャッチコピーを掲げ、すべての人々に感動体験を与えられる競技団体にフェンシングを生まれ変わらせることを決意。「チケット開始までの残り2年で東京五輪のフェンシング会場、14万4,000席を満席にします」と所信表明をした。
フェンシングにそれだけの“付加価値”を付けるため、太田氏の取り組みが始まった。2017年11月に行われた全日本フェンシング選手権では、選手の動きが速くなかなか目で追えない試合状況を視覚的に分かりやすくするため、ポイント獲得と同時に光る床用LEDディスプレイを導入した。
分かりづらいルールも、館内FMラジオ局から選手にリアルタイムに解説してもらい、選手紹介動画も制作した。優勝者によるTシャツの投げ込みや特別プレゼンターの導入、選手によるサイン会などのイベント実施など、21もの施策を新しく始めたという。
「色々とデジタルの力を借りはしましたが、第一歩はチケットの手売りからでした。『来てください』と直接お願いし、汗水を垂らして走り回りました。最初からSNSやYouTubeに頼っていてはダメです。やはり人と接点が深いほうが、皆さんの心が動いて足を運んでくれるのです」と回想した。
【次ページ】チケット単価を上げるために、異なる土俵で競合相手を変えて戦う
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