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  • 2020/03/09

お風呂とルミナリエに奔走、ノーリツ創業者・太田敏郎が最後まで貫いた信念

連載:企業立志伝

1日の疲れを癒してくれるお風呂。心までも温めてくれるその魅力に惚れ、人々に届けるべく人生を捧げたのが、ノーリツの創業者・太田敏郎氏です。太田氏は神戸への愛が深いことでも知られています。神戸市で毎年行われる「神戸ルミナリエ」が始まったのは、阪神・淡路大震災が発生した1995年のことです。大きな被害を受けた神戸に「明かりを灯そう」と、先頭に立って資金集めなどに奔走したのが太田氏です。「ルミナリエおじさん」と呼ばれ愛された太田氏は、2020年1月、92歳の生涯を終えました。ノーリツを2,000億円企業へ導いた太田氏の波乱万丈の人生をたどります。

経済・経営ジャーナリスト 桑原 晃弥

経済・経営ジャーナリスト 桑原 晃弥

1956年広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者を経てフリージャーナリストとして独立。トヨタからアップル、グーグルまで、業界を問わず幅広い取材経験を持ち、企業風土や働き方、人材育成から投資まで、鋭い論旨を展開することで定評がある。主な著書に『ウォーレン・バフェット 巨富を生み出す7つの法則』(朝日新聞出版)『「ものづくりの現場」の名語録』(PHP文庫)『大企業立志伝 トヨタ・キヤノン・日立などの創業者に学べ』(ビジネス+IT BOOKS)などがある。

大企業立志伝 トヨタ・キヤノン・日立などの創業者に学べ (ビジネス+IT BOOKS)
・著者:桑原 晃弥
・定価:800円 (税抜)
・出版社: SBクリエイティブ
・ASIN:B07F62BVH9
・発売日:2018年7月2日

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「至福の時間」を家庭に届けてくれた太田敏郎氏の人生をたどる
(Photo/Getty Images)

母のひと言で勉学に励んだ少年時代

 太田氏は1927年、父・治作、母・あさゑの次男として兵庫県姫路市に生まれています。父親は姫路師範学校の教師でしたが、太田氏は幼い頃から体が大きくケンカばかりするガキ大将。勉強はあまり得意ではありませんでした。

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ノーリツ創業者・太田敏郎氏
(写真:東洋経済/アフロ)
 しかし、小学校3年生の時に転機が訪れます。選挙で級長に選ばれ、母親に得意げに告げたところ、母親から「勉強のできん級長は笑われるで」と言われたことで、以後は家でも勉強するようになったといいます。

 やがて姫路中学に進んだ太田氏は、同校から陸軍士官学校に進んだ兄と同じ道を目指すことになります。1943年、陸軍士官学校と海軍兵学校を受験した太田氏は両校に合格。町内会長をはじめとする大勢の万歳の声に送り出されて、海軍兵学校へと進学します。

湯気の向こうに母を思い浮かべた海軍兵学校時代

 海軍兵学校での生活は厳しいものでした。入校式初日、1年生は上級生の前で出身県、出身校名、姓名を力一杯の声で申告します。太田氏は幼い頃から大声が自慢でしたが、「何を言っとるか分からん」「元気がない」と何度もやり直しを命じられ、声もかれ、全身汗まみれになったといいます。

 昼食に出された赤飯も味わうどころではなく、「えらいところに入学した」(『お風呂は人を幸せにする』p41)と暗い気持ちになるほどでした。海軍兵学校は学業も厳しく、夏は5時半、冬は6時半に起床して毎日9時間を勉強に充て、それ以外の時間も体育やボート、柔剣道などの訓練に励んでいます。

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(Photo/Getty Images)

 そんな厳しい日々の中で、太田氏がほっとしたのが訓練後の入浴の時間でした。

 海上訓練などがあった時は、夕方になると全身が凍(い)てつくほど体は冷え切ります。訓練後の入浴では、お湯の中でやっと生気を取り戻し、湯気の向こうに故郷の母親の顔を思い浮かべ、涙を流したといいます。

「この思いが後の人生に大きく影響することになった」(『お風呂は人を幸せにする』p48)

 しかし、そんな訓練の日々も終戦によって終わりを告げることになりました。終戦後、「生徒は故郷に帰れ」という命令を受けた太田氏は、当面の生活費として200円を支給され、故郷の姫路へと帰ることになりました。


人生を変えた、能率風呂との出会い

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(Photo/Getty Images)
 故郷に帰った太田氏を迎えてくれたのは、戦中戦後の食糧難によってやせ衰えた両親と、変わり果てた神戸の街でした。

 「とにかく何よりも食糧の確保が第一」と考えた太田氏は、近所の人たちと協力して近くの陸軍の飛行場を開墾。さつま芋づくりを始めます。しかし、いつまでも飛行場の開墾をしているわけにはいきません。

 太田氏は兵庫師範学校にしばらく通ったのち、退学して川崎重工業の臨時工として鍛造の現場で働きます。その後、小学校を回って学習帳の販売を始めて成功しています。

 そんなある日、友人から「風呂釜を発明して事業をやるための相棒を探している人がいる」と言われ、訪ねたのが「能率風呂」の発明者・植松清次氏です。能率風呂は、日本の従来の五右衛門風呂とは違い、タイル仕上げで温かいお湯が底から湧き上がってくる構造でした。

 「風呂は人を幸せにする。わしの発明した能率風呂は日本一じゃ」(『お風呂は人を幸せにする』p58)と豪語する植松氏に勧められ、能率風呂に入った太田氏は、海軍兵学校で経験した風呂のありがたさを思い出します。風呂から上がるやいなや、植松氏とともに事業を始めることを決意しました。

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