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  • 2011/12/16 掲載

イノベーションのカギを握る「Exit」戦略:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(37)

行き詰まった経済に新風を起こす

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社外に広がる英知を結集し、専門性の高い企業が連携の経済性を発揮すれば、行き詰まった経済に新風を起こすことが可能だ。その実像に迫った『ウィキノミクス』では、紙オムツ用の吸収剤が大陸間海底ケーブルに利用された例など、示唆に富む内容が豊富に取り上げられている。もちろん、範囲の経済性を発揮する総合型企業にも強みはある。大切なのは、両者の長所と短所を見極めて、イノベーション時代にふさわしい組織のあり方を考えることだ。そのカギをにぎるのが、今回説明する「Exit」戦略だ。

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
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インフォメーション・エコノミー: 情報化する経済社会の全体像
・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日

外部の新風で企業を再生するウィキノミクス

これまでの連載
 ITを駆使した「外部との連携」がどんな威力を発揮しているのか。その実像に追ったのが大学とビジネス界で活動する2人の著者がまとめた『ウィキノミクス』(英題:Wikinomics:How Mass Collaboration Changes Everything, Tapscott & Williams [2006])だ。同書は、総額約10億円を費やした大規模調査のエッセンスをまとめたもので、何でも社内で抱え込む「自前主義」と決別し、ITを駆使して社外の能力と協働することの意義や効果を論じている。

 ウィキと呼ばれるツールを利用した協働型ネット百科事典のウィキペディアについては、説明を要さないだろう。ウィキノミクスとは、こうした新技術を駆使して生まれているオープンな経済を表現する著者らの造語(=ウィキ+エコノミクス)で、IT時代の企業(内部組織)と市場(産業組織)の一断面が豊富な実例で紹介されている。

 その内容が刺激的なのは、ソフトウェア開発のリナックスなど、ネット関連だけではなく、一見するとITには無縁と思える従来型企業も調査対象となっている点だ。そこでは、社外に広がる豊かで多様な経営資源との連携によって、自前主義が陥りがちな経営資源の限界を乗り超え、イノベーションがわき起こっている様子が鮮明に描かれている。

企業秘密のオープン化で大変身した鉱山会社

 たとえば、新鉱脈を発見できずに経営難に陥っていたカナダの鉱山会社は、常識を覆して企業秘密扱いの地質データをすべて社外に公開した。すると、地質学者などいつもの顔ぶれだけでなく、通常はなじみのない数学者、学生、コンサルタントなど世界中の英知が結集し、社内では考えつかなかった多くの新提案によって、金の新鉱脈を掘り当て一流企業に変身したという。

 他にも、紙オムツ用の吸収剤が大陸間海底ケーブルに利用された話など、外部資源との新結合によるイノベーションの実例が随所に盛られており示唆に富む。変化の激しい時代には、何が成功モデルかは断定できないし、事例の一部は、自動車など日本の製造業が得意とするデザインインの概念と重なるものもある。ただ、IT時代には社外との連携が分野的にも、工程的にも、地理的にも一段と拡大していることは間違いなさそうだ。

 こうし事例調査踏まえて、著者らは、必要な人材をすべて囲い込んで教育し、社内に留めて士気を維持し続けるのは、もはや時代遅れではないかと指摘している。この応用で、日本の団塊世代の定年退職問題(2012年問題)を考えると、これまで大企業の内部組織に囲い込まれていた優秀な人的資源が桎梏(しっこく)を解かれ、独立自営の企業家として自在に活躍できる技術的環境が生まれているとみることもできる。もし、そうだとすれば、連携の経済性が大いに発揮できるウィキノミクスは、今後の日本にとってタイミングの良いビジネスの考え方となるのかもしれない。

連携か範囲か、長所と短所はコインの裏表

 もちろん、連携の経済性と範囲の経済性は、どちらか一方が普遍的に優れているというわけではない。長所と短所はコインの裏表のようなもので、この点は充分注意しなければならない。分業か統合か、市場か企業か、巨大化か小規模化かなど、これまでの連載でみたように、対になる概念を正確に捉えて、なぜある場面では一方が優れているのに、別の場面ではその関係が逆転するのか、その基本原理を理解することが大切だ。

 ここでは、組織構造の面から、範囲の経済性と連結の経済性の特徴を対比して考えてみよう。まず、範囲の経済性を取り上げると、前回解説したように、その威力は、同一組織内の複数の資源を活用することで発揮される。そのため、多くの総合企業がそうであるように、企業規模は概して大きくなりがちだ。

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図表1 組織構造と経済性(範囲と連携の経済性)
(資料)篠﨑(2003)図9-1をもとに作成。

 こうした組織では、事業分野が多岐にわたり企業規模も拡大する一方で、同じ組織としての統一性を保つことが求められる。したがって、階層構造をもった集権的な仕組みで合意形成に向けた部門間の調整が繰り広げられることになる。いわゆる合議制だ。

 これは、優勝劣敗というような、結果がすべての市場型調整に対比して、事前の根回しなど予定調和型の対応を重視した仕組みといえるだろう。閉じた領域での反復継続による内部取引が盛んになるため、社内語といわれる独特の言葉使いや特殊な慣習が生まれやすくなるのもひとつの特徴だ。

 前回みたように、範囲の経済性のメリットは、少ない費用で複数の製品やサービスを生産できる点にあり、外部の取引相手に対しては「総合力」で勝負することができる。しかも、景気や市況の動向など外部環境の変化で、ある部門が不振になった場合に、好調な別の部門の利益で内部扶助を行い、全体として安定した経営の継続が可能だ。激しい市場の変動を組織全体で吸収し不確実性を回避する安定的な構造といえるだろう。それゆえ、企業内に技術やノウハウが蓄積・伝承されやすく、改良や改善を積み重ねていくラーニング・バイ・ドゥーイング型の技術開発で優位性を発揮しやすい。

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図表2 技術開発の二類型
(資料)篠﨑(2003)図10-4をもとに作成。

【次ページ】両者の強みを引き出すカギ

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