• 2026/09/08 07:10 掲載

消えた「タピオカブーム」…なぜゴンチャだけが店舗数4倍?“1人勝ち”できたワケ

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あれほど乱立していたタピオカ専門店が街から姿を消していった。2018年から巻き起こった第3次タピオカブームはコロナ禍とともに終息し、チェーン店の倒産も相次いだ。ところがタピオカブームを牽引した台湾発「Gong cha(ゴンチャ)」だけは、ブーム当時の50店舗台から200店舗超へと店舗数を4倍以上に伸ばし、今なお成長を続けている。なぜゴンチャだけが生き残れたのか。答えは奇策ではなく、飲食店としての「基本中の基本」にあった。本記事では、淘汰された店とゴンチャを分けた“2つの基本”と、年間来店者数4000万人・400店舗を目指す同社の前に立ちはだかる“次の壁”を読み解く。
執筆:山口 伸

山口 伸

経済、不動産分野のライター。小売・飲食を中心とした企業分析記事や、都市開発、不動産市況に関する記事を手がける。理系の会社員だったが、ライター業に専念するため独立した。趣味で簿記・ファイナンシャルプランナーの資格を取得する。

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かつての流行「タピオカ」、淘汰された店は何が足りなかったのか
なぜ「ゴンチャ」は生き残れたのか
(Photo:Erman Gunes/Shutterstock.com)

なぜ日本人は「タピオカ」に3度も熱狂したのか?

 日本における第1次タピオカブームは1992年ごろで、当時は白いタピオカを使ったスイーツ「タピオカココナッツミルク」が流行った。この流行は輸入食品店や、エスニック料理店を通じて広がったとされる。

 第2次ブームは2000年代初頭から2008年にかけて断続的に発生し、「パールレディ」などの専門店がきっかけでタピオカドリンクが普及した。コンビニ向け商品も開発され、タピオカの認知度向上につながった。

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【画像付き記事全文はこちら】
ブームの終わりとともに倒産したタピオカ専門店が多い
彼らには何が足りていなかったのか
(Photo:Sarunyu L/Shutterstock.com)

 そして2018年から第3次ブームが発生した。SNSがきっかけとなり、タピオカドリンクの写真や、自分が飲んでいる写真をSNSに投稿し「映え」を狙う行動が若い女性を中心に広がった。人気店では、店のロゴを背景に写しながら飲料の写真を撮る人が相次いだ。

 こうした熱狂にあやかろうと、飲食事業者からの参入が相次ぎ、繁華街ではタピオカ専門店が至る所に見られるようになった。

 飲料だけなので調理には手間がかからない。また、テイクアウト客が多いため飲食スペースは最小限で済み、参入ハードルが低いことが事業者側の“出店ブーム”へとつながった。また、専門店ではないキッチンカーやカフェでもドリンクメニューの1つにタピオカドリンクを加えるなど、過去2度のブームを上回る流行を見せた。 【次ページ】タピオカ専門店の敗因は「あの客層」を取り込めなかったから?
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