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ネットワークに常時接続し、データをやり取りできる「スマートコネクテッドプロダクト(スマート製品)」は、IT業界に第3次革命をもたらす。企業は既存の競争戦略を根底から見直し、自社製品の価値を再定義する必要がある――。こう主張するのは、ハーバードビジネススクールのマイケル・ポーター教授だ。ポーター教授は、IoT(Internet of Things)やスマートコネクテッドプロダクトがもたらすインパクトを説明。企業が今後、どのような点に留意してビジネス戦略を立案すべきかについて語った。
スマートコネクテッドプロダクト誕生までの「3つの波」
IoT市場は加速度的に拡大している。米国IDCは2016年5月、2014年に約6,500億ドルだった世界のIoT市場規模が、2020年には1兆7000億ドルに達するとの予測を公開した。この傾向は、日本も例外ではない。IDC Japanは、2015年に約6.2兆円だった日本国内のIoT市場規模が、2020年には約13.8兆円になると予測している。
IoTの普及で注目を浴びているのが、「スマートコネクテッドプロダクト(スマート製品)」である。そして、スマートコネクテッドプロダクトの台頭で、既存のビジネスモデル変革を求められるのが製造業だ。特にサプライチェーンとの関係や製品のバリューチェーン(価値連鎖)は、根底から覆されると言われている。
12月1日に開催された「PTC Forum Japan 2016」の基調講演に登壇したポーター教授は「日本には多くの製造企業があり、産業として世界に確固たるプレゼンスを築いている。ただし、スマートコネクテッドプロダクトの台頭で、製造業全体が大きく変化していることを自覚する必要がある」と指摘する。
かねてからポーター教授は、スマートコネクテッドプロダクトが誕生するまでのITの進化を「第3の波」になぞらえて説明している。
第1の波は、1960年代後半の「社内業務の効率化」だ。会計処理や受注処理など、それまで手作業で処理していた業務の自動化である。また、同時に進んだのが「業務プロセスの標準化」だ。経理やMRP(Manufacturing Resource Planning:生産資源計画)といった、共通する業務プロセスをパッケージ化することで、企業は市場での独自性を打ち出す戦略にリソースを投入したのである。
第2の波は、1980年後半から90年代のインターネット普及期だ。これまでの「縦割りのプロセス」だった業務が、インターネットを介してさまざまな情報やデータを連携することで、横断的に実施できるようになった。SCM(Supply Chain Management:サプライチェーン管理)、SLM(Service Level Management:サービスレベル管理)、CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)といったシステムが持つデータを企業間でシームレスに統合することで、業務の効率化を実現。利益の最大化を目指したのである。
そして第3の波が、スマートコネクテッドプロダクトの登場だ。ポーター教授は、「スマートコネクテッドプロダクトの登場は、企業組織やバリューチェーン、さらにすべての領域で、新たな事業創造の可能性を生み出した」と指摘する。
モリタリングから自動化への4段階の進化
ポーター教授は2014年11月に発表した論文「IoT時代の競争戦略(How Smart, Connected Products Are Transforming Competition)」の中で、スマートコネクテッド プロダクトの進化の過程は、4段階に大別できると説いている。
第1段階は、「モニタリング」だ。製品に搭載されたセンサーから情報を収集し、「どのように製品が利用されているのか」「搭載機能がどのように稼働しているのか」「それによって周囲の環境が影響を受けるのか」を把握する。たとえば、体内で稼働するペースメーカーなどがそれにあたる。
2段階は、製品の「制御」である。内蔵されたソフトウエアによって、製品のカスタマイズやパーソナライズを安価かつ簡単に実行できる。これまでこうした制御は、外付けデバイスなどによって行ってきたが、スマートコネクテッドプロダクトであれば、ソフトウエアのアップデートで簡単に実現できる。たとえば、遠隔地にある重機や耕作機器などは、リモートによる制御でメンテナンスコストが大幅に削減できるようになる。
第3段階は、モニタリングとデータ制御による「最適化」だ。製品から収集されたデータを分析し、常に最適なパフォーマンスが発揮できるように維持する。ポーター教授は、「たとえば、(風力発電の)風車は発電を最大化するために、空気の流れを分析し、風車の羽の角度を自律的に変更する。さらに、周囲の風車にどのような影響があるのかを計算し、個々の風車がパフォーマンスを発揮できるようになれば、風力の状況に応じて効率よく蓄電できる」と説明する。
そして、スマートコネクテッドプロダクトの最新形(第4段階)が「自動化」である。モニタリングデータや第三者データと掛け合わせて分析し、他製品や他システムと自動的に連携することで、自己診断/自己修理も自律的に行う。ポーター教授は、「接続性が当たり前になると、従来のハード(製品)は“製品が提供する付加価値の一部”になる」と説明する。
テニスラケットがコーチに、トラクターが農業管理ソリューションに
ポーター教授はスマートコネクテッドプロダクトの進化例として、フランスBABOLAT(バボラ)のテニスラケットを挙げる。創業140年の同社は、ラケットのグリップ部分にジャイロスコープや加速度計などのセンサーと、通信機能を内蔵した新製品を発売した。
これにより、ガットにかかる圧力で、スピンやバックハンドといった打ち方から、インパクトエリアも特定できる。つまり、どのタイミングで、どんなボールを、どうやって打ったのかといったすべてが収集/可視化される。収集されたデータはクラウド環境で分析され、ユーザーはラケット利用時のプレーの詳細を把握し、プレーの改善に役立てられるというわけだ。
ポーター教授は、「ラケットがスマートコネクテッドプロダクトになることで、選手の(プレーの)特徴を把握し、練習メニューを考案したり試合の戦略を立案したりできる。(ボールを打つ)『ラケット』の機能だけではなく、『プレーデータ収集デバイス』や『コーチングに役立つツール』という付加価値を提供するという別の製品になったのだ。これにより、競合他社との差別化を図ることができる」と指摘する。
BABOLATのラケットは、既存の製品がスマートコネクテッドプロダクトになることで新たな価値を提供する一例だろう。しかし、既存のビジネスモデルを変革するまでには至っていない。ポーター教授は、「スマートコネクテッドプロダクトの本質は、従来の業界領域の枠組みを変えていくものだ」と語る。その好例が、米国のトラクターの製造を手掛ける米Deere & Company(通称John Deere)だ。
IoTという言葉が普及する前から同社は、トラクターにセンサーを取り付けてマシンの稼働データを収集し、モニタリングしていた。さらに、トラクターと耕耘機などをM2M(Machine to Machine:機械間通信)で連携させ、作業の効率化を実現している。また、近年では気象観測システムやGPSデータを連携させ、複合的な農業管理システムの一翼としてトラクターを位置づけている。
「たとえばトラクターが一杯になると自律的に収穫物を集積所に運び、収穫物を降ろしてから再度収穫する。その際、気象データなどを複合的に分析し、どのルートで収穫すれば効率がよいのかといったことも自律的に判断し稼働する。こうした異なる複数のシステムが互いに複雑な関係を持つ複合システム(System of Systems:SoS)は、農家の経営管理ビジネスとも言える。つまり、トラクター製造企業であったJohn Deereが、包括的な農業経営の管理のソリューションベンダーになる可能性もあるのだ」(ポーター教授)
【次ページ】今後、製造業の事業戦略で大きな役割を占めるテクノロジーとは
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