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  • 2015/05/18

アップル創業者スティーブ・ウォズニアック氏が語る、IoTの可能性とApple Watchの評価

なぜApple Ⅱを開発したのか。それは、エンジニアとしてコンピュータの開発が面白かったからだ。いまでも寝ても覚めても、コンピュータの設計のことを考えている――。そう語るのは、アップルの共同創業者で「Apple Ⅱコンピュータ」考案者であるスティーブ・ウォズニアック氏だ。今でもすべてのアップル製品を試しているというウォズニアック氏はApple Watchをどう評価したのか。また、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)の動向をどのように見ているのか。

ITジャーナリスト 鈴木 恭子

ITジャーナリスト 鈴木 恭子

ITジャーナリスト。明治学院大学国際学部卒業後、週刊誌記者などを経て、2001年よりIT専門出版社に入社。「Windows Server World」「Computerworld」編集部にてエンタープライズITに関する取材/執筆に携わる。2013年6月に独立し、ITジャーナリストとして始動。専門分野はセキュリティとビッグデータ。

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アップル共同創業者 スティーブ・ウォズニアック氏

30年経ってもウォズは「アップルの顔」

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 起業を目指すエンジニアにとって、ウォズニアック氏は、最高のロールモデルだろう。1977年にスティーブ・ジョブズ(故人)氏らとアップルコンピュータ(当時)を設立。それまで企業で専門家が利用する“道具”だったコンピュータを、個人が家で利用できる“エンターテインメントツール”に進化させた。1987年に同社を去ってから30年近く経っているものの、今でもアップルの顔として、世界各国の講演やイベントに引っ張りだこである。

 また、ウォズニアック氏は、若者向けコンピュータ教育の普及活動に注力している人物としても知られている。同氏は教育機関におけるIT教育の重要性を訴え、アップル退社後は、小学校でプログラミングなどを教えていたという。

 そうしたウォズニアック氏のマインドは、現在も健在であるようだ。同氏は、PTCがボストン大学Engineering Product Innovation Center (EPIC)で開催した「First Annual Internet of Things Hackathon(第一回IoTハッカソン)」のプレゼンターとして「LiveWorx 2015」に登壇。若いエンジニアにエールを送った。

プラットフォームが勝敗のカギだった

 スタートアップ企業として、アップルはラッキーだった――。開口一番、ウォズニアック氏は、アップルがほかのスタートアップ企業と一線を画していたことを強調した。その理由は「すでに製品が物理的な“形”として存在していたから」である。

「多くのスタートアップ企業は、アイデアから始まり、“モノ”を作るまでには時間がかかる。その間は自分たちがどんなにすごいアイデアを持っているかを紙に書いて、初対面の相手にプレゼンしなければならないが、多くの場合は、信じてもらえないか相手にされない。しかし、われわれにはApple Ⅱがあった」(ウォズニアック氏)

 同氏によると、アップルの創業は2段階に分けられるという。1段階目は自分とジョブズ氏が出会ったとき。その次はふたりで資金をかき集め、会社を設立(法人化)したときだ。

 自分たちをラッキーだったというものの、創業時には資金繰りに苦慮したという。当時、ウォズニアック氏はHP(ヒューレット・パッカード)の社員で計算機を作っていたが、ジョブズ氏に定職はなく、お金はなかった。

 それでも寝食を忘れてApple Ⅱの開発に取り組んだのは、「エンジニアとしてコンピュータの開発が面白かったから」(同氏)だ。個人が利用できるコンピュータが登場すれば、人々の生活は良くなる。そう確信していたウォズニアック氏は、「独自の新しいやり方でコンピュータを開発し、それが多くの人々に受け入れられるようにするためには、どうすればよいのかを考えていた。その(開発の)キーとなったのはプラットフォームだ」と指摘する。

 一般的にApple Ⅱが大成功した理由は、フロッピーディスクドライブが備わっていたためと言われている。1台のコンピュータがプラットフォームとなり、ビジネスソフトやゲームソフトなど、フロッピーディスクを入れ替えるとことで、さまざまな用途に利用できるからだ。

 実際、表計算ソフトの「VisiCalc」もフロッピーディスクで提供された。ウォズニアック氏は、「表計算ソフトを提供したとき、はじめてApple Ⅱがメインフレームよりも価値があると受け入れてもらえた」と語る。

 アップルが革新的だったのは、それまで仕事で使う“退屈な道具”だったコンピュータを、仕事でも遊びでも使えるツールに昇華させたことだが、そこにはもう1つの仕掛けがある。ビジュアルを重視し、画面に“色”を付けたのだ。ほかのコンピュータがモノクロ画面であった当時、Apple Ⅱは280×192ドットのカラー表示が可能だった。

 ウォズニアック氏は、「当時はゲームセンターに設置されたコンピュータゲームでさえ、モノクロ画面だった。自宅で“色”のついたコンピュータゲームがプレイできるのは画期的だった。これであれば、(ソフトウエアの開発段階で実現できるため)コストがかからない。ほかのコンピュータ企業は他社製品との差別化を図るため、(1台につき)1000ドルものコストをかけていた。しかし、画面をカラーにするには、1ドルもかからない。アニメーションが世界を変えた」と当時を振り返った。

【次ページ】Apple WatchやIoTハッカソンをどう評価したのか?

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