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  • 2019/07/01 掲載

「5年耐えればアリババへ」超学歴社会・中国で逆転狙う低学歴労働者の実態

連載:中国への架け橋 from BillionBeats

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中国テック業界で長時間労働に身を置くIT技術者、デジタル農民。彼らは朝9時出勤、夜9時退勤、週6日勤務を意味する「996工制」の環境でもなお、ひたすら努力を続ける。「超学歴社会の社会においていかに“勝ち組”になるか」という視点から、デジタル農民の今を明らかにする。

対外経済貿易大学教授 西村友作+BillionBeats

対外経済貿易大学教授 西村友作+BillionBeats

BillionBeats(http://billion-beats.com)は、ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクト。
パートナーの西村友作は、対外経済貿易大学教授。1974年熊本県生まれ。2010年に中国の経済金融系重点大学である対外経済貿易大学で経済学博士号取得後、日本人としては初めて同大専任講師として正規採用される。同副教授を経て、2018年より現職。日本銀行北京事務所客員研究員。専門は中国経済・金融。

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写真はアリババ本社で働く従業員の姿。将来、テック大手に入るために長時間労働にも精を出す“デジタル農民”の実態に迫る
(Photo/Getty Images)

新たなる成功への道、デジタル農民

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 中国の全国大学統一入試、通称「高考(ガオカオ)」。2003年以降、毎年6月7、8日に行われており、今年は1000万人を超える受験生が厳しい戦いに挑んだ。

 中国には「211大学(21世紀の優秀100大学)」、「985大学(98年5月に選出された重点研究大学)」と呼ばれる国家指定の重点大学がある。これら重点大学の限られた席を巡り、熾烈(しれつ)を極める受験戦争に、家族一丸となって取り組んでいる。

 レベルの高い名門小中学校の学区内に位置する住宅を「学区房」と呼ぶ。一般のマンションよりかなり高額だが、子供に質の高い教育を受けさせ、将来の「高考」で少しでもレベルの高い重点大学に合格をさせようと、大金を惜しまず「学区房」を購入する家庭も少なくない。これが現代版「孟母三遷(もうぼさんせん)」の実態だ。

 一方で、実力では重点大学に入学できないと判断し、カンニングを専門とした業者を利用する受験生もいる。不正業者による犯行は組織化されており、先端テクノロジーを用いたスパイ映画さながらのカンニング技術が毎年メディアで話題になっている。

 国としても当然、対策を講じている。試験直前の6月5日に、「試験会場付近では電波遮断機器が使われるため、周辺のネットに影響を及ぼす可能性がある」というショートメッセージが通信会社から届いた。法規制も厳しく、見つかれば一生を台無しにするリスクもある。

 なぜそこまでして子供を重点大学に入学させようとするのか。超学歴社会の中国において、受験戦争に勝ち残り有名大学の学位を得ることこそ「勝ち組」への第一歩だからだ。

 特に地方都市に住む多くの親は、子供に「大都市で都市戸籍を得て住宅を購入する」という「成功」を手にしてほしいと願っている。中国人の戸籍は「農村戸籍」と「都市戸籍」に分かれており、戸籍の異動は制限されている。戸籍がないと、その都市での住宅購入が困難になったり、子供が公立学校に就学できなかったりと、生活のさまざまな面において制限を受ける。だが北京や上海といった大都市の戸籍は厳しく管理されており、大企業に就職しないとなかなか取得することができないのである。

 このように、学歴を極めて重視する中国において、現代版科挙とも言える「高考」に失敗し学歴社会からドロップアウトすると、自ら起業し成功する以外は、都市部で住宅を購入できるほど裕福な生活を送ることは難しかった。

 しかし近年、モバイル・インターネットの時代が到来し、社会が激変している中国において、これまでにはない「成功」への道が新たに広がりつつある。

 それは「デジタル農民」だ。「デジタル農民」とは中国テック業界で「996工作制」と呼ばれる長時間労働に身を置くIT技術者たちを指す。デジタル社会に必要不可欠な人材だが、彼らは自らを「数碼農民(デジタル農民)」とやゆする。「三農(農村・農業・農民)問題」が社会問題となっている中国において、この「農民」は時として「貧困」、「苦労」の代名詞として用いられるネガティブワードだ。

 彼らはどういうプロフィールの集団なのか。その考察をする前に、まず彼らを労働力として必要とする「中国新経済」の特色を押さえておきたい。

「新経済」発展の裏にある「996問題」

 近年、中国では、情報技術(IT)やテクノロジーの発展を背景に、インターネットをベースとする「新経済」が急成長している。

 「中国新経済」の大きな特徴は、経済活動において最も信用が必要とされる「決済」が起点となっている点だ。スマートフォン(スマホ)にインストールされたキャッシュレス決済アプリをプラットフォームに、過去になかった新しいタイプのビジネスが次々に生まれ、巨大なビジネス・エコシステム(生態系)が形成されている。

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『キャッシュレス国家 「中国新経済」の光と影』
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 この「新経済」の発展に欠かせないのが、さまざまなデジタルサービスをスマホ上で実現させるIT技術者たちである。

 だが彼らの労働環境は過酷である。中国のテック業界においては、冒頭に書いた「996工作制」と呼ばれる長時間労働が常態化している。「996」とは、朝9時出勤、夜9時退勤、週6日勤務を意味する。この労働環境こそが「デジタル農民」と自嘲するゆえんだ。

 この「996問題」に関して、アリババ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏が社内の交流会で、「『996』ができることは極めて幸せなことであり、多くの会社、多くの人が『996』をしたくとも機会がない。若い時に『996』せず、いつ『996』をするのだ」と発言。その後、中国電子商取引2位の京東集団の創業者である劉強東CEOなど、著名IT企業の創業者たちからも「996」を肯定するような発言が続いた。

 これらの発言に対しネット上では非難の声が上がった。そのような中、「996で働けば、病気してICU(集中治療室)入りする」という意味をあらわす「996.icu」というスレッドがにわかに注目をあびた。長時間労働が常態化している企業の「ブラックリスト」が公開され、アリババや京東集団、ファーウェイなど有名企業をはじめとする合計172社が曝(さら)されている(2019年6月10日現在)。

 『中華人民共和国労働法』では、「一週間の平均労働時間は44時間を超えてはならない」と明文化されており、「996」は明らかな法律違反である。中国共産党機関紙「人民日報」も、「努力の尊重と996の強要は同義ではない」と題する論評で批判した。  ところが、北京の某企業でIT技術者を管理するマネージャーは断言した。

「『996工作制』であろうが、アリババのような大企業で働きたがる『デジタル農民』は大勢いる」

【次ページ】最低5年努力すれば、BATへの道がひらける

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