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  • 2019/08/06 掲載

「おっさんの認める範囲」では女性差別をなくすことはできない

上野千鶴子氏インタビュー(前編)

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がんばってもそれが報われない社会があなたたちを待っています――。2019年4月、東京大学の入学式で、社会学者・東京大学名誉教授 上野千鶴子氏が新入生に贈った祝辞は広く反響を呼んだ。女性活躍推進法が成立し、表面上は女性活躍が進んでいるように見える日本。しかし、その実態にはギャップがある。上野氏に話を聞いた。

聞き手:編集部 佐藤友理、執筆:鈴木恭子、撮影:濱谷幸江

聞き手:編集部 佐藤友理、執筆:鈴木恭子、撮影:濱谷幸江

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社会学者・東京大学名誉教授
上野千鶴子氏


「意欲の冷却効果」で翼を折られる女性たち

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──今年の東京大学学部入学式の祝辞は広く反響を呼びました。

上野氏:ある程度反響があると思っていましたが、ここまで大きいとは思っていませんでした。私と東大が、よほどミスマッチだったんでしょうね(笑)。東大当局がよく私を呼んだと思います。ただし、あの祝辞の内容は、これまで言ってきたことをくり返しただけです。

──東京大学新聞では、祝辞に共感したのは下級生よりも上級生、そして学生よりも社会人のほうが多かったと分析しています。性別では圧倒的に女性の共感を得ています。

上野氏:東大生で多いのは男子――特に中高一貫の私立男子校出身者――ですから、彼らが私のメッセージに共感することは少ないでしょう。メッセージに共感してくれたのは40代の女性が多い。そういう反響を聞くたびに「あなたも苦労したのね~」と思います。

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──祝辞の中で「意欲の冷却効果」を取り上げられました。東大の女子学生でも「意欲の冷却効果」に直面するのでしょうか。

上野氏:小学生の頃からすでに「算数ができる」「理系に進学したい」という女の子に対して、「女の子らしくない」と言われますよね。女の子はもうひとがんばりして上を目指すことを周囲から求められない。それどころか「どうせ女の子だし」「しょせん女の子だから」といって足を引っ張られる。それをaspiration(意欲)のcooling down(冷却効果)と言います。

 教育学の分野に「Hidden Curriculum(隠れたカリキュラム)」という概念があります。建前としては男女平等であっても、制度や慣行、教師の行動などから無意識のうちに性差による誘導が起きることを言います。

 隠れたカリキュラムの最たるものが進路指導です。「医療系に進学したい」という生徒に対し、男子なら医者、女子には看護師になることを先生が勧めます。そもそも、学校運営の管理職は圧倒的に男性が多い。そして、その下にいるのは女性教師です。生徒にとって目の前にいる大人は将来のロールモデルですから、男が女の上に立つものだと暗黙裏に刷り込まれます。

「女性の入れたお茶は美味しい」はただの差別

──社会に出れば「意欲の冷却効果」はさらに露骨になります。「女性だから」と飲み会に呼ばれ、「女は食べ物にうるさいから」と飲み会の幹事をやらされ、年次の浅い男性社員の代わりにベテランの女性社員がコピーを取らされる、なんて話もめずらしくありません。

上野氏:これまで女性が補助的な仕事をしていたり、十分に働けないのは、家庭責任があるからだと言われていました。つまり、職場の外に原因があるので活躍できないというわけです。

 しかし、社会学者であり聖心女子大学 人間科関係学科教授である大槻奈巳さんは、「女性が活躍できないのは職場のただなかに原因がある」という研究結果を発表しました。これは、まったく同じ条件でIT企業に採用された男女総合職が、10年後にはスキルとポストに歴然とした差が出たというものです。男性は新規プロジェクトや顧客対応でキャリアを積んだのに対し、女性は保守点検業務に固定されたから、という理由です。つまり、中間管理職が「男性向け」「女性向け」の配置を誘導しているのです。 それをunconscious bias(無意識の偏り)と呼びます。

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──性差による誘導は日常的にあります。あまりにありふれていて、感覚が麻痺してきた女性も多いのではないでしょうか。

上野氏:そもそも、差別は小さなことの積み重ねです。制度も組織も支えているのは個人。個人の集合が慣行を作っているのです。「女性の入れたお茶は美味しい」と言い放つおっさんに対しては、「それは差別です」と指摘して自覚させないと、差別はなくなりません。無自覚だろうがなんだろうが、そうした言動が抑圧に加担していることは間違いない。彼らは性差別のシステムを再生産することで、利益を得る人たちなのです。

 会社組織の権力構造の中で、1人ひとりの女性は弱者です。しかし、女性学を提唱した私たちはひるまずに活動してきました。その理由は2つあります。1つは、同じように活動する仲間がいたこと。もう1つは「自分に理がある」と確信できたからです。職場ではノイズになり、おっさんが嫌がることをたくさん言ったりやったりしてきました。そうしないと現実は変わりません。お茶くみだって、そうやって職場から無くしてきたのです。

──「職場で性差別をなくすためには、男性を味方につけないと実現しない」という意見もあります。

上野氏:現在の企業組織で決定権を持っているのは男性ですから、男性を取り込まなければいけないという意見があることは理解できます。女性の中にも「男を敵に回したくない」という意識はあります。しかし、それでは、男性が許容する範囲の変化しか得られません。「おっさんの認める範囲で…」と考えていたら、女性は絶対に意思決定権を握れません。「おっさんの認める範囲」では女性差別をなくすことはできないのです。

【次ページ】「女性を安い労働力として使い捨てにしたい」という企業側の論理

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