- 2025/12/03 掲載
薬が効かない…がん・コロナ超え「多剤耐性菌」問題、東大・野尻教授が挑む解決への道(3/3)
連載:基礎科学者に聞く、研究の本質とイノベーション
アサヒやサントリーも支援する「データベース構築」の意義
そこで野尻氏が取り組んでいるのが、プラスミドの正しいデータベースの構築だ。特に重要性の高い多剤耐性菌の1つである「緑膿菌」で、プラスミドの完全なデータベース構築を目指している。野尻氏が国際プラスミド学会の会長であったこともあり、このデータベースと分類方法は、来年の公開に向けて、世界の研究者に発信され仲間が増えている。現在、プラスミドのデータベースを必要とする領域は大きく2つある。
1つは臨床現場だ。研究者は患者から採取した検体から分離・培養した臨床分離株を用いて、どの薬剤が効くか、あるいは耐性を持っているかを調べようとするが、データベースに誤りがある、データが無いとそれができない。
もう1つは環境分野だ。現在、さまざまな目的で土壌や海洋など環境中のDNAを解析する研究が行われている。しかし、そこで発見された重要なバクテリアが未知のプラスミドを持っていても、データベースがなければ登録することも調べることもできない。新しい面白いバクテリアを見つければ見つけるほど、何も分からないという状況に陥ってしまうのだ。
今回のプラスミドのデータベース構築に対しては、大隅財団が民間企業との橋渡しを担って5社(アサヒ、サントリー、住友ファーマ、三機工業、横河電機)が支援している。データベースの構築という基礎的な研究を民間企業が支援するという、ある意味で非常に"画期的な"取り組みだ。
企業の側から見ると、支援するのは今すぐ結果が出ない純粋な基礎科学だ。しかし、それは10年後、20年後、確実に社会課題の解決につながる。また、将来的に自社の事業領域における新たな技術開発やリスクヘッジにつながる可能性も秘めている。その意味でも、今回のプロジェクトは企業による科学支援の新しいスタイル。共通目的を達成する従来の「共同研究」とは違う、意見や立場が異なる仲間が長期目線で協力する「協調研究」とでも言えるものだ。
日本の基礎科学は「超危険な状況」と語るワケ
とはいえ、日本の基礎科学が置かれている状況は厳しい。こうした現状に対し、野尻氏は「企業の研究者もアカデミアの研究者も、大きなフィロソフィーを持って研究する余裕、意識があれば変わっていくと思います」と次のように述べる。「大学の研究者は資金が少なくて余裕がないので、お金になりそうなテーマ、研究費がつきそうなテーマに走りがちです。しかし本当に面白い研究は、そこにはほとんどありません。先頭を走っているトップの研究者は面白いでしょうが、多くはそれを追随する研究になるので、そういう研究はしないほうがいいと思います」(野尻氏)
また、ある財団が主催した研究資金の審査を担当したとき、ある地方の大学の実情を知って驚いたという。
「その大学では、助手になったら全員がPI(Principal Investigator:研究代表者)になるそうです。PIは研究者にとって、独立した研究者として認められることや、キャリアパスにおける重要な目標です。ただし、部屋が与えられるだけで研究費は出ない。それでは研究者は育ちません。組織は研究できる最低限の予算を用意すべきです。これが多くの大学の実情です。非常に危険な状況だと思います」(野尻氏)
2050年、多剤耐性菌によって世界中で1000万人が死亡する可能性がある。多剤耐性菌の問題は、人類がこれから向き合わなければならない重大テーマだ。野尻氏が構築を目指すプラスミドのデータベースは、その解決に向けた重要な土台となるだろう。
また今回のプロジェクトは、日本の基礎科学が抱える資金不足や研究環境の課題に対し、解決策を見出す新たな可能性も示している。とはいえ、基礎科学に対する企業の支援は、まだまだ足りていない。長期的な視点での科学技術への投資が日本の未来を支える。多くの日本企業にもまた、こうしたフィロソフィーが求められているのではないだろうか。
大隅財団寄付ページ:https://www.ofsf.or.jp/SBC/2310.html
政府・官公庁・学校教育のおすすめコンテンツ
PR
PR
PR