- 2025/12/03 掲載
薬が効かない…がん・コロナ超え「多剤耐性菌」問題、東大・野尻教授が挑む解決への道(2/3)
連載:基礎科学者に聞く、研究の本質とイノベーション
解決のカギ「プラスミド研究」、なぜ全然進まない?
野尻氏はプラスミド研究の課題について次のように説明する。「DNAをシーケンス(注4) する研究者は、基本的に染色体DNAは静的で不変であるという前提に立ちます。ところがプラスミドは細胞を出たり入ったりし、集団の一部だけが持っていたり、種類が異なったりすることも珍しくありません。このため、環境中のDNAを調べるメタゲノム解析の現場などでは、プラスミドのDNAが"ゴミ"として捨てられてきたという背景があります。なお単離済(注5) の一種の菌株のゲノムシーケンスを行う場合は、プラスミドはプラスミドとして認識され、そのDNAの直接配列が取り扱われてきました」(野尻氏)
ちなみに、プラスミド自体は1950年代には発見されていた。また、現在の遺伝子工学では、特定の遺伝子を宿主細胞の中に運ぶためのツールとして利用され実験で欠かせない。ただし、知られているのはモデル微生物(注6) のプラスミドに限られ、その他のバクテリアのプラスミドについてはほとんど何も分かっていない。そのため、モデル以外のバクテリアで実験しようにも、妥当なプラスミドが見つからないということが起きている。
「間違った論文の多さ」に研究仲間と気付いた
その研究方法は、大きく「ドライ」と「ウェット」の2つに分かれる。「ドライ」はコンピューターと情報科学を用いてプラスミドのデータを解析・研究する手法(バイオインフォマティクス)だ。具体的には、シーケンスで得られたプラスミドのDNA配列を解析して完全なプラスミド配列を決定したり、薬剤耐性などの特定の機能を持つ遺伝子を特定したりする。
一方の「ウェット」は、バクテリアを培養して実験や観察によって研究する手法だ。
プラスミドの研究は現在、圧倒的にドライが先行している。大きな理由は、ウェットのように手間がかからないからだ。ところが、ドライ研究の結果には誤りも少なくない。その事実に気付いたのが野尻氏だ。
「微生物分野でそれなりに権威のあるジャーナルに、あるバクテリアの形質にある種類のプラスミドが関係していると記載された論文が掲載されました。ところが、そのプラスミドの種類が間違っていたのです。権威のあるジャーナルでこういうことが起きると、それを読んだ研究者がまた間違えます。プラスミドの研究では、こうした不具合が色々なところで起きているのです」(野尻氏)
ドライ研究で使われるのはコンピューターと情報科学だ。コンピューターが出した結果を検証するにはウェットな研究が欠かせないが、ウェットな研究は手間がかかる上に研究者自体が少ない。
このため検証が追いつかず、こうした誤りが起きてしまうという。かといって、この事態を放置すると多剤耐性菌問題への対応が困難となり、バクテリア研究の基礎・応用に問題が生じる。 【次ページ】アサヒやサントリーも支援する「データベース構築」の意義
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