- 2025/12/03 掲載
薬が効かない…がん・コロナ超え「多剤耐性菌」問題、東大・野尻教授が挑む解決への道
連載:基礎科学者に聞く、研究の本質とイノベーション
公益財団法人 大隅基礎科学創成財団 は、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典(理事長)が2017年、科学賞の賞金1億円を拠出し、日本の基礎科学振興を目的に設立した。
<財団の活動>
・現在の研究費のシステムでは支援がなされにくい独創的な研究や、すぐに役に立つことを謳えない地道な研究を進める基礎科学者の助成
・企業経営者・研究者、大学等研究者との勉強会・交流会の開催
・市民及び学生を対象とした基礎科学の普及啓発活動
本シリーズの特設ページ:https://www.ofsf.or.jp/SBC/2310.html
知られざる「静かなパンデミック」の正体
今から25年後の2050年、人間の死因トップはがんではなく、あらゆる薬剤に耐性を持つ「多剤耐性菌」による感染症となり、その死亡者数は世界中で年間1000万人に達する。これは予言ではなく、英国政府の要請でまとめられた調査レポート(通称:オニールレポート)に記されている公的な未来予測である。
これだけの被害が想定される多剤耐性菌だが、これらに関する報道は日本ではほとんど見られない。こうした中、新型コロナウイルスによる死亡者数が約691万人だったことを考えると、その脅威はまさに「静かなパンデミック」と表現できる。
では、薬剤に耐性を持つ多剤耐性菌はなぜ生まれるのか。そのカギを握るのが「プラスミド」だ。野尻氏は次のように説明する。
「バクテリア(注1)は基本的に細胞の中にゲノム(注2) の染色体(注3) を持っていますが、それ以外に小さなDNA分子を持っていることがあります。これを『プラスミド』と呼んでいます。ただし、染色体とプラスミドの境は曖昧です。今のところ、バクテリアが持っている遺伝子セットの小さいほうを『プラスミド』と呼んでいます。重要なのは、細胞内からなくなっても細菌が生きていけることで、オプションのような位置付けの遺伝因子であることです」(野尻氏)
プラスミドは生命活動に必須の遺伝子を持っていないが、たとえば特定の抗生物質に耐性を持つ、あるいは他の生物に害を与える毒素を生成するなど、さまざまな機能の遺伝子を持っている。また、同じ種類のバクテリアであっても、株によってプラスミドの有無や種類が異なることも珍しくない。
「さらに興味深いのは、小さいDNA分子であるため、プラスミドのDNAが他のバクテリアの細胞に直接移動することです。これを接合伝達と呼びます」(野尻氏)
たとえば、抗生物質Aによってほとんどのバクテリアは死滅するが、プラスミドにその耐性遺伝子を持つバクテリアは生き残る。このプラスミドが周囲のバクテリアに接合伝達すると死滅しなくなり、耐性を持つバクテリアが爆発的に増殖することになる。これが、多剤耐性菌ができる基本的なメカニズムだ。
だからこそ、多剤耐性菌の問題を引き起こすとされるプラスミドの研究が必要なのだが、実はその研究には課題が多い。 【次ページ】解決のカギ「プラスミド研究」、なぜ全然進まない?
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