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  • 2021/10/27 掲載

「研究スキル売買」の問題点、他人の能力を買って作った学術論文は偽装?本人の成果?

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研究者が自身の研究スキルをネット上で売買する「研究スキル売買」の是非がちょっとした話題となっている。乱暴に言ってしまうと、お金さえ払えば学術論文の執筆を代行してくれるという話であり、一部では業績の偽装につながるとの批判が出ている。一方、見方を変えれば、ネットを使ったアウトソーシングもしくはシェアリングの概念が学術の世界にも及んできたと解釈することも可能であり、話はそれほど単純ではない。

執筆:経済評論家 加谷珪一

執筆:経済評論家 加谷珪一

加谷珪一(かや・けいいち) 経済評論家 1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。 野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『新富裕層の研究-日本経済を変える新たな仕組み』(祥伝社新書)、『教養として身につけておきたい 戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。

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学術論文の執筆代行を利用することは業績偽装につながるのか?それとも学術界にアウトソーシングやシェアリングの概念が入ってきたと解釈すれば良いのか?
(Photo/Getty Images)

スキル売買が学術分野に及ぶのは、想定された事態

 議論の発端となったのは、「大学教授ら「研究スキル売買」サイトに118人、能力偽装の恐れ」という新聞記事である。ネット上で自身の研究スキルを有料で販売する研究者が増えており、その中には現役の大学教授(と名乗る人)も含まれているという。学術論文の執筆支援の見返りに料金を得るという習慣が当たり前になると、個人の研究能力を偽装できる可能性があると記事では指摘している。

 政府が副業を推奨していることもあり、近年、ネット上で各種サービスやスキルを個人的に売買するクラウドソーシングが活発になっている。提供されるメニューはさまざまで、ロゴのデザインやWebサイトの構築、プレゼン資料の作成など多岐にわたっている。ネット上で自身のスキルを売買する環境が整ってくると、学術分野にも同じ動きが及ぶことは、ある程度、予想されていた出来事と言って良いだろう。

 こうした動きについて、どう評価すれば良いのかというのは実は簡単なテーマではない。

 もちろん行き過ぎれば、モラルや公正さという点で問題が発生するのは当然のことだが、一方で、ネットの普及というのは、知的空間の構造を激変させる作用を持っている。

 すでに一部では現実化しているが、ネット時代においては単純な知識の価値は半減しており、すでに存在している知的成果物をうまく組み合わせ、新しい「知」を生み出すことは1つの方法論として確立している。こうした知の枠組みが変化している現実を考えた時、どこまでの行為が許容されるのか決めるのは簡単ではない。

 学術分野と一緒にするのは不適切かもしれないが、広い意味で勉強というカテゴリーで考えた場合、研究スキル売買という行為は、夏休みの宿題代行と本質的に大きな違いはない。

 夏休みの宿題を代行するサービスはかなり普及しており、多数の個人がフリマアプリなどでサービスを提供していた。これが社会問題化したことから文部科学省は2018年、ネット各社と宿題代行の出品禁止について合意したが、宿題代行は依然として存在しているし、ビジネスとして手かげている事業者も少なくない。

 利用する側の理屈としては、受験勉強などに専念したいので宿題をこなしている時間がない、あまりにも宿題が多くて大変、旅行などレジャーの時間を確保したい、といったところだろう。

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「研究スキルの売買」と「夏休みの宿題代行」に違いはあるのか?
(Photo/Getty Images)

中国では宿題アプリの利用がごく当たり前に

 もちろんこうした行為が望ましことでないのはたしかだが、同じ読書感想文を作成代行してもらうにしても、本も読まず、感想文の完成品をそのまま他人に作ってもらったケースと、部分的に支援してもらうケースとでは、その意味は大きく変わってくる。

 工作もそうだが、完成品をただ買ってきて提出すれば、単に宿題をお金で買っただけに過ぎない。だが、部分的なオブジェをネットで購入し、それをうまく応用して作品を完成させた場合、同じ基準で評価はできないだろう。

 中国ではさらに進んでいて、宿題アプリと呼ばれるAI(人工知能)教育サービスを使うことはごく当たり前のことになっている。宿題アプリとして中国国内で最も使われている「作業幇」のアクティブユーザー数は1億7000万人を突破しており、ほぼすべての小中学生が利用していると推察される。各種教育サービスの利用があまりにも過熱しているため、中国共産党指導部は教育サービスへの監督を強化する方針を打ち出したくらいだ。


 作業幇は、設問をスマホで撮影すると自動的に内容を解析し、類似の問題をデータベースから探し出し、解答と解説を送ってくれる(しかも、一連のサービスは基本的に無料で使える)。このアプリは宿題をズルするためのツールを考えると望ましくないサービスかもしれないが、一方で、貧困家庭の小中学生にとっては、塾に行かなくても同等の効果を得られる唯一の手段でもある。

 結局のところ、塾や参考書というのは、問題の解き方を丁寧に解説してくれるものであり、解答と解説をなぞることは勉強の基本でもある。ネットを活用することで、今まで実現が難しかった手法が使えるという違いがあるだけで、本質は変わっていないと言い換えることもできるだろう。

【次のページ】「研究スキル購入」は業績偽装?本人の成果か?

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